TheRootSeller006『対外交渉』
「…だもんてんかんぺっかりこるぺっちゃ」
「はあ？」
「とんとんてろちりぽるかれと」
「…何言ってんだ？ あ？」
イルトンランドの中ほどにある。とある田舎町でのこと。このあたりは避暑地になっているので高級別荘地が多い。
しかしそれでもここが避暑地として有名になる前から住んでいる人は大勢いる。
「かろっちゃぺんぺん、ぽろかりと。はなるな？」
「分かんねえよ…。おい、誰かこいつの言ってること分かるか？」
浅黒い肌をした背の高い男…このあたりでは見ない顔だ。
「どろてならいうすもみてならます、だもんこるぺっちゃっちゃっちゃ！」
「…どっか外の国から来たんじゃねえのか？」
持て余した男のそばに人だかりができていた。みんなこの辺りに住んでいる人たちだ。別荘の住人はよほどのことがないと出てこない。
「しかしよ、こんなとこにそんなのがいると思うか？」
「いや…どっかの国から避暑に来たのかも知んねえぞ。何せ最近はそんなのが多いしな」
まわりのひそひそ話も耳にはいらないらしい。その男はつばを飛ばして話しかける。
「とんでんほかるなばなはりゅてき、らんでるほんなりぱらったったたらいなす！」
しかし皆は首を傾げるだけ。
するとその男は横になって口に何か入れるような仕草をし始めた。
「どろった！ どろった！」
「なんだ…何か寝てんのか？」
「…もしかしてよ…何か食いたいのか？」
「それにしちゃ身なりもいいぜ？腹が減ってるとは思えねえんだが…？」
たしかに男の身なりはこの辺でも滅多に見れないほど上質なものだ。しっかりとした縫い目、のりのきいた袖口。
お金に困っているとはとても思えない。
「これか？」
一人が売り物の果物を差し出して見せる。
「だもんこならあなかもる！ こなろなはぎゅらんな、かもら！」
血相を変えて怒鳴り散らす。相当怒っているのは確かなようだ。
しかも差し出してくれた男につかみかかろうとまでする。
「おいおい…やめろってばよ！」
まわりの見物人も呆れ果ててしまった。こいつは何が言いたいのだろう？
激しく息をついて座り込む男。
「…だもんろたからりな…だもんろんてからにな…」
今度は地面を叩きながら泣き出してしまった。
「だもんはなからしおあなり！ …おおかなぎおらなぐるとすわ！ ながらりなすとしわ！」
「おいおい、泣き出しちまったよ」
「何か困ってるのは確かだけどな…」
ドリスが通りかかったのはそんな時だった。
彼女に限らずルートセラーは好奇心の強い連中が多い。そういった人間がルートセラーになるのか、ルートセラーになってからそうなるか…卵が先かにわとりが先か、と同じようなもの。
好奇心がないとこういった商売は続けにくい。薬草の効能もこういった好奇心の果てに進化していくものだし。
ドリスはドリスでここは通過点のつもりだった。
こういった金持ちのたくさんいるところでは商売にならないことが多いからだ。「どれどれの植木を採ってきてくれ」とか「この花がどうしても欲しいの」などの依頼がないかぎり金にならない。
かかりつけの医者を抱えているような人物はまず、彼女たちを当てにはしない。見た目を怪しまれて追っ払われるのがオチだ。
だから今回は近道のつもりで素通りの予定だったのだが…。
「何かあったんですか？」
のぞきこんでいる一人に話しかけてみる。
「ああ…なんか、わけ分かんねえんだよ。変な言葉だしな」
「変な言葉…？」
人垣をかきわけてみる。地面にうずくまる男が一人。何やらブツブツ言っているが…無論、彼女にも分からない。
「…だもんてろぱな…だもろかいなっちゃ…どろもてらなりな…」
「？」
「あんた…ルートセラーだろ？ なんかよ、こういった言葉とか聞いたことねえのか？」
果物を差し出してみた挙句、つかみかかられた男が衣服を直しながら聞いてきた。
「さあ…聞いたことないわ。『だもん…なんとか』なんて」
いくつか外の国の言葉を知っている彼女だが、聞き覚えはない。
「あ、ファイーナ」
頭の一部だけ色の白いカラス、ファイーナが降りてきた。ドリスの背負子にとまってあくびを一つ。どうも他で遊ぶにも飽きてきたらしい…。
「がなるあもらろす！ はがだばひたらばがすた！ わわとんぱぽくるあすが！」
いきなり起き上がってファイーナを指す。
「…？」
「がろんどんっちゃっちゃ！ こよたらぼがれんではがます！」
ドリスの腕を掴んで揺さぶる。目つきは真剣そのものだ。
「あの…えーと…」
戸惑っていた彼女だが、その男がファイーナを捕まえようとするのを見て思わずのぼりで後頭部を殴ってしまった。
「何するが！ あたしん友達に手ぇ出したら許さんがやき！」
あわてて飛び上がったファイーナはもちろん無事だったが…。
しかし男はのびてしまった。
「おいおい…姉さん…」
「…やりすぎたかな…」
男は地面に倒れたまま動かない。気を失っているようだ。
仕方なくドリスは腰に吊るした皮袋から緑色の液体がはいったビンを一つ取り出す。一滴だけ指に垂らして男の鼻の前へ…。
「ぐわなものんがんがはあごならうほふぁかるじゃじゃかんて…ぐはあ…」
「…姉さん、そりゃなんだい…？」
「ヘルモニアの実を絞ったやつ。気付けには最適なんだけど」
鼻を押さえて転げまわる男。
「これもねー…匂いがすごいからね…やりすぎたかな？」
涙をぼろぼろ流しながら男はやっと起き上がった。
ドリスはしゃがみこんでにこやかに手を振って見せる。
「はろー」
「……」
「何が欲しいの？」
そう言うと慣れた手つきでむしろを広げて商品を広げていく。木の実、葉っぱ、薬ビン…。
商品一つ一つの前に銅貨や銀貨を並べていく。その値段通りに。
「欲しいのがあったらどうぞ…売るから」
まだなかば呆然としている男。彼女は一つ一つを指差しては効能を説明する。
「これは胃薬。ここ。お腹の薬。これは傷薬。ここね。腕なんか切った時に使うの」
いちいち腹や腕を指差しながらゆっくりと説明していく。
「どろった…こなろまたらしなからにす…」
男はそんな様子をじっと見ていたが…ほこりを払うと静かに立ち上がった。
「だもんろかなならほこてもんだろち…ろはかな」
そう言うとドリスの手を引っ張る。決して無理やりでないのはよく分かる。
「どろったこほさなば…」
どこかへ連れて行きたいらしい。ドリスは荷物をまとめるとあとについていくことにした。
「だもんさんはどこに行こうってのかしら…？」
野次馬達もそのままぞろぞろとついてくる。
「なんだよ？ だもんさん、ってのは」
「だって…だもん、だもん、って言うから」
ふと思いついて男の前にまわる。
「だもん？」
男を指してみた。するとどこか哀しげに首を振って…自分を指した。
「だもん」
ドリスは後ろ向きに歩きながら少し、考える。今度は自分を指す。
「だもん…ドリス」
「どり…す？こなろ？」
にこりと笑った。きれいな歯並びだ。
「だもん、ぺっかり」
「ぺっかり…こなろ？」
今度はドリスが男を指して言う。さらに男の笑みが広がった。
「だあ。だもん、ぺっかり」
「…なんなんだよ、姉さん」
むしろ不気味な顔で誰かが聞いてきた。彼女が笑顔で何回もうなずいているからだ。
「この人、ぺっかり、って言うみたいよ。だもんさんじゃなくてぺっかりさんだね」
「なんでそんなことが分かるんだよ…」
何を言うんだ、という顔の相手。
「だもん、だもん、って繰り返してたから。多分『だもん』は『私』ってことじゃないかな、ってね。『こなろ』が『あんた』みたいね」
ドリスが聞いたところの『ぺっかり氏』はとある別荘に皆を案内した。避暑に来た金持ちだろうか。豪華なドアが開いたままになっている。
そこで見たものは…血を吐いて倒れている主人らしき男性だった…。
それから数日の後。
「いや、すまない。君には世話になった」
『ぺっかり氏』は手を組んで立っている。そばの長椅子に座っているのは白髪の老人…倒れていた男性だ。
「私は内臓に持病があってね…もう少し遅れたら命はなかったそうだ」
「じゃあぺっかりさんは…」
ドリスの言葉に反応したのか、彼はゆったりとした笑みを浮かべる。
「ワシの召使でね。外の国のさらに奥地から来た人だ。我々の言葉は理解できないがよく気のつく優しい男だ…。彼らには黒い鳥が疫病を運んでくる、という言い伝えがあるそうだ」
「こもろなどりすだまならばすがね。がばとまねしあ」
「君の友達に悪いことをした…と言っておるよ」
彼を見ると、照れくさそうに頭を下げた。
「んー…いや、それはたいしたことじゃないから。気にしないで、と伝えてあげて」
「あばねはまどなとらすむね」
主人が上を向いてそう言うと…『ぺっかり氏』はほっとした表情になった。
「どりす…かまぺっちゃろ」
『ぺっかり氏』は別れ際にこう言って微笑んでくれた。
『かまぺっちゃろ』は『ありがとう』という意味らしい。『薬』は『どろった』だとか。
だからドリスもしばらく別荘で世話になった後、彼にこう言った。
「かまぺっちゃろ〜、また、ごひいきに、ね」
何しろ主人の薬代、すべてがドリスのもうけになったのだから。
その後、今まで遠巻きに見ていただけの連中もなんだかんだと話し掛けてくるようになった、とか。それもいいことかな、とドリスは思う。
違った言葉が出会う…難しいことではある。
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