「あんたはここいらの生まれだからね」
「だから?」
「この辺じゃあ、大きな木もないしね」
「あるわい」
 腕を組んで、ふん、と胸を張って見せる。しかし腰を下ろしたままだから、あんまりいばってるようには見えない。
「俺の町にだって木ぐらいあるわい。…町長の家の、周りにあるんだぞ。すごいだろ。あの大きな家の周り全部だぞ。そんなの、町長くらいだぞ」
「…生垣か…」
「イケガキって何だよ」
「塀の代わり。ま、普通はあんたの背くらいよね」
「……」
 ぶすっと頬を膨らませて横を向く。くすりと笑みを浮かべるドリス。
「ほんとにあるチラムの木ってね、もっと大きいんだから。えーとね、幹の太さはあたしがぎりぎり抱えられるくらいかな。高さはそれこそ見上げるくらい。実はこれっくらいのが毎年たくさん採れてね、すんごく甘いんだぞ」
 右手で軽く握れる程度の大きさ。…ドニは、ちらっと見てまた目をそらす。
「森の周りじゃ、村ごとに収穫祭やるの。楽しいわよ、色んな料理が出てきてみんなでドンチャン騒ぎ。チラムの実はそのまま食べても美味しいんだけど、甘く煮込んでパイにしてもいいし。変わったところでは焼く、なんてのもあるわね。…絞ってジュースにして樽に詰めて、お酒にする村もあったっけ」
 いつの間にか聞き入っていて、ごくっと喉を鳴らすドニ。
「森もあって木もあるイルトンランドじゃあ、たくさんの恵みをくれるチラムの木はみんなの憧れの的だからね。自然と姫様から名前を取りました、めでたしめでたし…なんて話が出来上がるわけよ」

「…じゃあ、イルトンランド行ったらこおんな」
 勢いよく立ち上がってぶん、ぶん、と手を目一杯振り回す。
「こおおおんな大きな木がいっぱいあるかよ?」
「そうよ。こおおおおんな、大きなのが、ね」
 ドリスも負けじと大きく腕を振り回す。
「…なんだか信じられねえな。あんなのが大きいだなんて」
 そ、と膝を折ってドニに視線を合わせるドリス。
「あんたんとこだと…湖かな。カムワシ湖」
「湖がどうかしたのかよ?」
「結構大きな湖なんだけどな。セントレランドは降水量も少ないから、まず一番だし。水の多いサウザムランドでもあれほど大きいのはないわね」
「…イルトンランドじゃあ、どうなんだよ?」
「ああ…あそこの湖は小さいのしかないからね。カムワシ湖ほどのはないんじゃない?」
 これは嘘である。現在確認されている中で、大陸で最大とされているのはイルトンランドにあるセーレ湖という塩水湖。その次に大きいのはサウザムランドにある。そしてこの二つの地方は豊富な水量を誇っていることでも知られている。カムワシ湖もそこそこの大きさではあるが、大陸全体ではそれほど大きな湖ということにはならない。そもそも森林と同時に川も多いイルトンランドに、平原が広がってはいるが雨も密林も多いサウザムランド。そういう地方に湖が多いのは当然のこと。
 そして…もちろんそのことを知らないドリスではない。
「よおっし…! 勝った!」
 だが無邪気に喜ぶドニ。本当は勝ち負けの問題でもないのだが…ドリスはふふふ、と笑みを浮かべて立ち上がる。

「そっかあ…うちの湖も負けてねえんだな…そっかあ…」
「どう? 分かった? なんでお姫様の名前が木についたかって?」
「ああ。なんとなく。だけど…うちの湖はなんで『カムワシ』なんだ?」
「それはね…あれは『神の水』を意味する古代の言葉が変わってできたものなの」
「誰か姫様とか王様とか…そういうのは?」
「ないわね。残念ながら」
「そっかー…」
 ちょっと、残念そうではある。が…
「ま、いいや。俺、ここからなら走って帰れるよ、んじゃあな!」
 と、元気いっぱい手を振りながら街道を駆け出す。そろそろ朝から昼に変わろうか、という時間帯。通行人もちらほら見え始めてきたから、もう迷うこともないだろう。なんとなく、ホっとした表情のドリス。安心したようにのぼりにとまるファイーナ。

 と、はるか向こうから街道中に響くドニの声
「なあ、やっぱおばさんでも親切なのっているんだなー!」
「…うっさい!」


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