TheRootSeller019「衛星都市」　[2]

　マスターの方からして見れば、金はいくらでも欲しい。ぼったくれるのならいくらでもぼったくる。それがドルーセンの流儀でもあるのだ。
　ドリスは用心深く腰の皮袋に手を入れて…一枚、一枚、金貨をカウンターに置いていく。すり減っていてもなお固い木のカウンターに金属が当たって独特の音を立てる。片手で頬を支えるように頬杖をつき、夢見心地で妙なる音楽に聞き入っているような…マスター。
「おや」
　いつの間にか斜めになっていた顔を上げる。
「半分だね」
「ええ。ここで確約の言葉をちょうだい」
「…言質をとる、かね」
「そしたら残り20枚あげる」
「…20枚」
　半分だから今カウンターの上にあるのは15枚。約束は30枚。
「シシシ…」
「珍しく簡単に聞いてくれたからねー」
「甘いね、シシシ」
「まさか。5枚くらい上乗せしてやろうか、って話よ」

　当然だがドリスも金は惜しい。ここでしか手に入らない○○○だからいくら払ってもいい。だが、それで原価を割ってしまうことがあれば損になる。もちろんこれくらいのサービスなら問題はない。むしろこれで交渉を有利に進められるのなら安いものである。交渉事にはそれなりに慣れている彼女だが、ここでは一瞬の気も抜けない。人間が二人いればどちらかが優位に立つのは当然である。
　そして、別の皮袋から人差し指ほどの小さな木の枝を取り出す。ここからが勝負だ。
「はい。△△△の枝」
「ちと、小さいねえ…」
「十分量でしょ？」
「シシシ。たしかに。だが…小さければ失敗も増える」
「失敗？　あなたが？」
「我輩とて万能ではないのだよ、シッシシシ」
「…ま、いいけど」
　そっけなく答える。が…。
「失敗しても報酬は頂くよ。全額ね。さて何回失敗するかねえ…この大きさだと。それでもいいのいかな？　確約するよ？」
　押してくる。さりげないしゃべり方だが、このタイミングでこの言葉は…鋭利な刃物と一緒だ。
「…ええ」
　つい、顔に出るドリス。やや旗色が良くないのだ。本当に失敗するかどうかは分からない。はったりの可能性だってある。しかし…この一言で相手のペースに戻されてしまった。その辺の計算もすでに済んでいるのだ、相手は。ドリスが今さら取り繕ったってムダではある。だからなるべく気丈な顔をして笑顔を浮かべてみせる。若干引きつっているのは仕方ない。
　にまあ、とその笑顔に笑みで返された、ような気がする…。顔なんか見えやしないに。
「シッシシッシ…分かった」
　と、刻みタバコの入っていた空き箱を放ってよこす。これが『確約』の証なのだ。その時々によって物は違う。前回は麦の穂だったし、聞いた話によると何の変哲もない小さなキロの実一コだった者もいるという。
「報酬は金貨××枚(注2)で三日後でどうかね？」
「悪くないわね」
　提示された金額はそれなりに順当なものである。相場通りと言ってもいい。しかし拍子抜けするほど簡単に示してきたものだ。これもドリスの「甘さ」のせいなのか、あるいは「失敗」と攻めることができたから満足したのか…？
「シシシ。ところでニンパル村って知ってるかな…？」
　一瞬、言葉に詰まるドリス。…何が、言いたいんだろう…？
「知らないかね、なら、いい。シシシ…いいんだよ…」

　交渉はこれで終わりではない。…確約だって口約束に過ぎない、と言われればそれまでなのだ。三日後にわざと「だめだった」と言って金貨だけ巻き上げられる可能性だってまだあるのだが…それは納品の時のこと。今はごちゃごちゃ考えていても仕方がない。

　もう外は夜になっているかも知れない。ここに来ると時間の感覚すら狂ってしまうような気がする。昼でも暗いドルーセン、とかうたわれていたりするくらい、ここはいつも暗いのだが。
「シシシシシシシ…では三日後に」
　ドアを開ける。やはり夜のとばりはすでにしっかりと下りている。しかしファイーナがそこらで待ってるはずだ。

「ドアはきちんと閉めるんだよ。いいね？」

　ニンパル村、と言えばノルザムランドにそんな名前の寒村がある。つい言いよどんでしまったが、実はドリスも一回だけ行ったことがある。が、本当に何もない小さな村だった。今でもあるのかどうか…すでに廃村になっているのかも知れない。
「…そうだ、ヘンな風習があったけ」
　年に一度。邪気を払うために家のドアを全部開け放して家中をほうきではきまくる。それが終わると一日はドアを開けてはいけない。
「開けたら…どうなるんだったっけ…？」
　せっかく払った邪気が戻ってきてしまう。そしてその邪気は黒いフードをかぶっていて顔も見えない、とされている…。
「ま。いっか」

　ドルーセンの夜は静かに、静かにふけていく。きらびやかなノスクルバーグと比べると、ややくすんだ闇や影だらけの夜だった。

………(注2)：×の数とケタ数は一致しません。