TheRootSeller020『競争原理』
夜明けはとうに過ぎているのだが、まだまだ時間も早い。太陽はようやく辺りを照らし始めたくらいで、世界はまだその恩恵にはあずかってはいない。…ぽつぽつと通りを行く人たちの吐く息もまだ白い。そんな静かな朝方である。
ドリスと…もう一人、やはりルートセラーらしい女性がある町の広場で何かを待っている。その町の名はマーシャンダイツといい、イルトンランドでもそこそこ知られた都市だ。セントレランド辺りの観光客には「屋台しか出ていない路がある町」と言った方が文字通り通りがいいだろう。事実、固定の店舗よりも屋台や露店といった一時的かつ流動的な店の方が多い町ではある。
その広場は何度か石畳を打ち直したらしく、ところどころ新しい石が目立つが、広場にありがちな噴水やら階段やらもない。ただただだだっ広いばかりのいたって殺風景な広場…が、なぜか中央には白い線が引いてある。しかも丸く円になっている…そこだけ白い石が埋め込んであるのだろう。かなり広い円で中には何かを待っているらしい二十人ほどの人間がたたずんでいる。その中にドリスと…もう一人の女性が混じっていることになる。
「ええか、ドリス。まーしゃんだいつをナメとったらアカンで。ちっとでもええ場所取らなアカン。ええな？」
「くっくっく…あたしを誰やと思いゆうが？ こがあな場で遠慮も何もないがやき…」
「ほっほっほ。そんならええんや。…じきや。もうじき鐘が鳴る。そないなったら」
『ダッシュやね』
「やっぱ気ぃ合うな。そうや。もうじきや、もうじき…鐘ぇ鳴るんや…」
妙にテンション高いのは二人が昨日の夕方から今の今までそこの居酒屋で飲んでいたからである。他の連中も似たようなものらしく、やけに殺気立った感覚とどこか投げやりな空気に満ちている。さらに慣れと諦観を加えればこの独特な雰囲気は完成する。
中でも異彩を放っているこの二人のもとへ、やはり妙な殺気に満ちた男が一人、ゆっくりと近づいてくる。
「おうおう。やっぱり待ってやがんのなあ…キャシイ」
「なんや、スティーヴンかいな。…ジョーは一緒やないんか？」
「じきに来る。ふふふ…しっかしおめえが誰かと組むなんてな」
「儲けが減るさかい、うちの商いは一人が鉄則や。でもな…」
ちら、とドリスと視線を交わして…
『一人でできんこともあるんやで』
「ふん。分かってるじゃねえか。まあ…いいさ。今日こそ角のスペースは頂くぜ」
そう言い放つと軽く手をかざしてから行ってしまった。
「…角のスペースて、何なが？」
「ああ、あれ見てみ」
この広場には何本か太い道が繋がっている。キャシイが指したのはその中の一本、その道の先である。大体三ブロックほども先になるだろうか。…ここからだと若干見えにくい位置でもあるが、その辺は屋台ではない固定の店舗がいくつも並んでいる区画になっているはずである。
「あっこのな、十字路の角のスペースな。あの角っこに店出すとよう売れんねや。特にあっこは八百屋と質屋と肉屋と公証人役場があるさかい人も仰山来んねん。マーシャンダイツでも一、二を争う人気の露店スポットや。…昨日ようやっと場所が空いたんやで」
その業種でなぜ客が集まるのか、そこまでは誰にも分からない。食材を買いに八百屋と肉屋行った客がお金が足りなくなって借金するのに質屋と公証人役場を訪れるからだ…というなんだかあまりにも漠然、とした噂もあるにはあるのだが。
それでもこういう『なぜだか人が集まってしまう』場所というのがあるにはあるものである。ごくり、と喉を鳴らすドリス。
「そら…とらないかんがやねえ」
「そうや。でも皆が狙うとるええ場所やからなあ…」
ちらりと視線を周囲に走らせる。
…やっぱ、みんなあっこを狙うてんねやね…。
「ダッシュや。ええか、ドリス…とにかくまずはダッシュや」
「それとあの策やね。昨日話しおうた…」
それを聞くとキャシイもにやり、と笑みを浮かべる。
「せや。あれもあったんや…ふっふっふ…」
なお、通称『屋台の路』は今日は空きがなかったとのこと。あればあったで場所取りがさらに熾烈を極めるので、外来の日の浅い商人はもちろん、地元の中堅どころでもちとキツイ、という話もある。大手が組織立って場所取りしたりしてるんだそうだ。
