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「やっとここまで来れた…ここなのね」 フラニチカは背中の大きなバッグを担ぎなおすと、一つ、息をついた。 額にたまった汗をぬぐう。乾燥しているがまだまだ昼間なので暑い。帽子か何か用意しておけばよかったかな、と軽く後悔する。長く伸ばした金髪は邪魔にならないように軽く縛ってある。 「ビルマコッチャ…」 背負う形のバッグに差したのぼりの方が、なんだか大きく見えてしまうが…すでに顔つきは子供のものではない。まだ幼さが残ってはいるが。 のぼりには大きく『薬草アリマス』と達筆な字で書いてある。きちんとした教養を受けた人物が書いたものだろう。あまりそこらでお目にかかれるような代物ではないように見える。 だが、そののぼりやバッグはまだ新しいものだ。年期のはいったルートセラーならもっと荷物がほこりや雨で汚れているはずだ。 …まずは薬協を探さないと。 そう思ったようだが…すぐにあきらめてしまった。あらかじめ場所を聞いていたわけでもないし、見つからなければ見つからないでも構わない、と思い直したようだ。 しかしまだ別の行く先があるようだ。懐から紙切れを取り出して、何度もうなずいている。その場所への地図でも書いてあるのだろう。こちらの方が薬協よりも重要なようだ。 道を覆い尽くすような人の流れと荷馬車の流れ。そして耳に残る音の流れ。しかもその流れは秒刻みに行く先を変化させる。その流れに身を任せようにも、とてもではないが彼女のようなよそ者が簡単に潜り込めるほど穏やかではない。 「ふう…」 しかしこれを乗り切らないと目指す場所には辿りつけそうもないようだ。通りの端にはちっぽけな露店なども並んでいる。しかしまるで河原で濁流渦巻く川を見ているように、この道端は静かだ。急いでいない人しかしない。 何度かぐるぐる回ったりして、迷っていたが、ようやく決心したらしい。 「よーし…」 思い切って右へと流れる流れに身を任せようとして…やはり、立ち止まってしまった。 …正直なところ怖い。 「……」 なんでこの町の人はこんなに急いでいるんだろう？ …と思っていても仕方がない。 なんとしてでも辿り付かないと…と再度、果敢に挑戦した彼女だが…やはり入り込めない。それどころか勢いよく走って来た荷馬車に危うくひっかけられそうになって…転んでしまった。 「きゃ…」 怒鳴り声を残してその場を忙しそうに去る荷馬車。背中のバッグがクッションになって怪我はしていないようだが…。道行く人たちはそれぞれ自分が忙しくて、誰も彼女に注意を払ってはくれない。 『問屋分岐点』ビルマコッチャは無数の人間が行き来する場所。下手な街道の交差点よりも人の往来は激しい。ただ人が行き交うだけではない。それぞれが何かを求め、そして取り引きしようとしている町なのだ。 その分素人には文字通り溶け込めない部分もある…。 「でも…行かないと…」 …なんで、と泣きたい気持ちになってしまう。 「おい」 ほこりを払ってなんとか立ち上がったその時。後ろからいきなり声をかけられた。 振り向いて見ると…背の高い少年が大きな麻袋を肩に担いだまま、こっちを見ている。…ずっと見ていたのだろうか。 「お前、ビルマコッチャの奴じゃないだろ？」 「…う、うん」 フラニチカと同じくらいの年だろうか。よく見ると…両腕がうっすらと青い…ような？ 「やめとけ。そんな奴が大通りを横切るなんて無理だ」 …何よ、どうしてそんなことが言えるのよ、とちょっとカチン、とくるフラニチカ。 「さっさと家に帰りな」 それだけ言うと、くるりと背を向けて歩き出してしまった。 「待ってよ。ねえ、待って」 いつのまにかフラニチカはその少年を追いかけていた。 「私、どうしても行かないといけないの。この場所、教えてくれない？」 だが少年はまるで無視しているかのようにさっさと歩いて行ってしまう。早足の上に大股なので…ついて行くのがやっとだ。半分くらい走っているような感じになる。 「ねえ…」 …ちょっと待ってよ…。 と、少年は古ぼけた井戸のそばまで来るとぴたり、と足を止めた。いつのまにこんな場所まで来てしまったのだろう…？ フラニチカは少し慌てていた。 途中の様子を全然覚えていない。ただでさえ不慣れなこの町で迷子にでもなったら…どうしよう。この辺はあの『大通り』ほど人がいるわけではない。戸口に腰掛けて糸を紡いでいるおばさんと、何かを売り歩いている物売りの声。…あとはどこか遠くから響いている子供の声。それくらいしかない。誰かに聞くのは簡単だろう。だが…。 …私は今、どこにいるの？ 大きな町ほどその裏側は静かなものだ、ってジロドワさんが言ってたけど…。 土ぼこりと日光が混じりあった空気。振り向いた少年の足元には小さな白い花が咲いている。 |