TheRootSeller 外伝 1 「二人の未熟者」　[2]

「見せろよ」
「…何を？」
「そのしっかり握っているやつだよ」
　ああ、この紙ね、とフラニチカは納得した。ビルマコッチャに行けたらここへ寄るように、とポクンを出る時に手渡されたメモだ。ここまでずっと右手に握り締めたままだった。

　機嫌悪そうな顔で少年は、おずおずと差し出された紙切れをひったくる。
「…ふん、やっぱりな。ほらよ」
　ちらっと目を通しただけで放り投げるように返してきた。
　…何よ、この人…人の顔も見ないで話すなんて…。

「そこだよ」
　肩に担いでいた大きな麻袋を担ぎなおすと、親指で後ろを指す。店構え…それすらもない。何かの看板を掲げている粗末でみすぼらしい家を指しているようだ。その看板をのぞけば普通の家と見た目は変わりない。
　看板に何が書いてあるのか彼女には分からない。古代の文字のようだが。
「え…？」
「だから…そこだよ、マルガレーテ婆さんの店は」
　それだけ吐き捨てるように言うと、今度は走ってさっさとどこかへ行ってしまった。

　…何なのよ、あの人。私だって初めて来た町なんだから。どこに何があるなんて分かるわけないじゃない。もっと親切にしてくれてもいいんじゃない？　こっちはサウザムランドから出たこともないのに…。
「ほいほい。お客さんかねえ」
　…初めての遠出だってのに、なんであんなのがいきなりなのよ。そりゃあジロドワさんにも色々教わったけど…あんな乱暴そうなのが最初の町で初めて話した人なんて…やだやだ、信じたくない…。
「お嬢さん、何か…ほほお？　あんた、そうなのかえ…なるほどなあ…」
　…顔つき悪いし、目つき悪いし、手なんか変な色だし。なんであんな不良っぽい人なんか…。
「まあ、そんなとこに突っ立ってないでお入り。お若いルートセラーさん」
「…はいっ？」

　香りの良いお茶。
　フラニチカはこんなお茶があると思ったこともなかった。茶の産地と言えばイルトンランドが有名だ。その中でもクィヒルとファーシャは発酵させない不発酵茶の名産地として知られている。かつて彼女の両親が働いていたコホサリ家という名家にも、その二つで生産された茶があった。
　当主とその娘が香りがどうこう、味がなんたら、と評価しあっていたのは聞いたことがある。
　…これは…どうなんだろう…？
　茶の飲み分けなどできる彼女ではない。もちろんその時も飲んではいない。ただ見ていただけだった。ただ、今飲んでいるこれは美味しいな、とは思う。茶ってこんなに鼻をくすぐって、軽やかに喉を通り抜けていく飲み物なのか…と正直感動すら覚えてしまう。
「お代わりはいるかね？」
　老婆…マルガレーテ婆さんが鉄瓶で沸かした茶を持ってくる。

　ここはあの小さな店の中。古ぼけた木のドアを開けて入ったすぐのところに椅子を持って来てもらって座っている。他に客はいないが…表からは想像もできないほど雑多な物にあふれている。
　細かく仕切った小さな棚。たくさんの引き出しがついた見上げるほど背の高いたんす。そしてあふれんばかりの奇妙な品々。
　どれもこれも見たことのない植物の種や葉や実ばかり。
「あ、はい…お願いします」
　手にしていた湯呑を差し出す。肉厚でほどよい手触り。さすがに素焼きではないようだが、その素朴で土の色を生かした風合いはこの店と老婆の雰囲気にぴったりくる。
　どこか上品な手つきでそれに茶を注ぐ老婆。なんとも言えない香りがその場に満ちていく。

「さて、そろそろ商談に入ろうかね」
　老婆はそう言うとフラニチカが座っている前にもう一つ、藤製の椅子を持ってくる。そしてゆっくりと座る。
「一応だがね、タブレットを見せてもろうて構わんかね？　何、ちょっとした決まり事みたいなもんさね。嫌なら構わんが…」
「いえ、全然構わないです。これですよね…？」
　遠出の旅に出てからタブレットを見せる機会なんかなかったから少し慌ててしまうが…それでも腰にくくりつけてある皮袋から一枚の丸い金属板を取り出して見せる。てのひらを広げたよりも少し、小さいくらいだろうか。

　タブレットとは彼女のようなルートセラーは必ず持っている、身分証明のこと。名前や出生地、タブレットの発行場所などが刻まれてある。薬協…「薬草販売促進協同組合」に正式に登録されたルートセラーなら誰でも持っている。逆に言えばこれを持っていないルートセラーはもぐりとして扱われてしまう。
　一応の義務として月に銀貨一枚をどこかの町の薬協で支払うことになっている。しかしそれすらも支払える能力がない場合…例えば極端に貧乏な場合とか…それなら払う必要はない。
　金貨が二十枚もあれば普通の人なら一ヶ月遊んで、ぜいたくしなければ三ヶ月は暮らせる。両替屋に行けば銀貨が十枚で金貨一枚と交換してくれる。地方によって多少の変動はあるが、大体の相場はこんなものだ。
　だが…例え何ヶ月とか払えなくてもその分払う銀貨の枚数が増えるわけでもなし、薬協への立ち入りが禁止されるわけでもないので、本当にただの「寄付」のようなものになっている。
　…薬協はどうやって運営しているのか？　かなり謎が多い。

「ほう…？　ポクンの薬協かえ…？　しかし今時珍しいねえ…これだけ傷のついていないタブレットは久しぶりさね…」
　老婆は裏返したりしながら丹念にその金属板を見ている。