TheRootSeller 外伝 2 「我が思い、翼となりて」　[1]

TheRootSeller 外伝 2 『我が思い、翼となりて』

1: サウザムランドの密林地帯

「ホ、ホ、ホ」
　その甲高い声が始まりの合図なのだろうか。目の前の若い男は右手のひらと左手のひらを交互に上げ下げしながら、軽く腰を屈めたまま…ぴしゃぴしゃと泥を小さく蹴り飛ばしながら、舞い始めた。
　浅黒い皮膚の下には躍動する筋肉が閉じ込められている。
　ちょっと、都会ではお目にかかれないようなほどバネのある、上半身裸の肉体。…それでもドリスよりも少し、年下だろうか。土砂降りの雨の中、大きな雨粒に叩かれても、さほど気にする様子はない。
　そんな様子をドリスはぼおっと見ていた。両腕で両膝を抱えたまま。ここは分厚い葉っぱを何枚も重ねて作った、雨よけの即席天幕の下。小さな部屋ほどの広さはある。ファイーナは奥の方でミミズでも探しているのだろう、ここからは見えにくい。
「ハ、ハ、ハ」
　もう一度奇妙な声を上げて…。
「なんかねえ…どおも…違う…」
　文頭と『お』に強いアクセントがある。サウザムランドの密林地帯…この辺りに住む人たちの特徴だ。
　ぼりぼりと短く刈った頭をかいて…首を何度も横に振る。ふと、ドリスと視線が合う。
　…合いの手でも入れろってんじゃないでしょうね。
　ふと、そんなことを考えてしまった。が、そういうわけでもないようだ。ほわ、とした笑みを彼女に送ると、また何度か振りを試すように両手を交互に動かしてみたり…足を上げ下げしてみたり。
「ホウ、ホウ、ホウ」
　と甲高い声を上げてみたり。

　土砂降りの雨は平然と下界を殴りつけてくる。踊ろう、としては止め、踊ろうとしては止め…何度繰り返したことか。
　…よく飽きないもんね。
　別にドリスに見せたいわけでもないらしい。ただ、その場で舞ってみるが何かがしっくりこないらしい。何が気になっているのかは分からないないが。
　しばらく奇妙な掛け声が雨音に混じって響いていた。
「…あ、そおだ、そおか…」
　なくしていた何かが、ひょい、と出てきたような、執着のない声。
「あのねえ、たぶん…あんただ」
「…は？」
　いきなりずいっと天幕に踏み込む。ドリスを見下ろす形でほこっと微笑む。すうっと手を伸ばして…ドリスのあごをつまんで自分の方を見上げさせる。
「…へ」
「…迷ってる、ね。だったら原点に戻るのね、うん、それがいい」
「……」
「止めたらそこで終わり。ね？　あんたはそれを知ってる。けど分かってない。それだけ」
　ちょん、と弾くようにあごを離す。そのまま、固まって…小さくうなずいてみるドリス。

「ホ、ホ、ホ」
　今度は調子良くなったのだろうか。リズムに乗って両手両足を振り回しながら…文字通り踊るような足取り。雨にそのしなやかな背中がかすんで…どこかへ去って行ってしまった。
　軽くあごを撫でてみるドリス。
「止めたらそこで…終わり、か…」
　激しい雨音だけが薄暗いとばりのように、周囲をぐるりと覆っている。ドリスは…もう一度…小さくうなずいた。