この町はナンタイコウという。歴史のある町なのだろうか。苔むし、古びた城壁でぐるりと囲まれていて、町の外に出ようとしたらやはり古くて時間の重みを感じる城門をくぐらないといけない。門には門番がいて怪しい人物をチェックしていると言う。でも、そんな怪しい人物を目にした記憶はない、とゆったりと言う。
未来がガトに連れられて初めて城門をくぐった時もそうだった。ヒマそうにあくびをして…ちら、と見ただけでおしまい。門番の一人、がりがりに痩せている方は年代物の槍を担ぐように肩に置いてだるそうに立っていたものだった。もう一人、太っちょの方は、ベンチにだらしなく横になって…一休み。
ハリエルが二番目なら、この二人が未来が初めて会った人間か、と言うと実はそうではない。
ガトと会った海を見下ろす丘というのは町を出てしばらく歩いたところにある。港はさらにその先。丘を下っていけばすぐだ。しかしこういう町の外にある場所でも、実は門を通らずに行くことができる。抜け道を使えばいいのだ。やはり古い城壁。そういうほころびがあちこちにある。だから町の外へ出るにも入るにも必ず城門をくぐらないといけない、というわけではないのだ。
ガトが未来を連れて城門をくぐったのは抜け道を使った後、しばらくしてからのこと。顔見せみたいな意味もあったのだろう。それで門番が覚えたかどうかは疑問だが。
早朝のナンタイコウ。人の通りはない。この今は静かで穏やかな町に入って未来がまず思ったのは、猫がいるということだった。それも結構目につく。犬も歩いているのだが、猫の方が多い町なのだろう。
が、ガトのように二本足で歩く猫ではない。顔の形や体形などはそっくりそのままだが、きちんと？四本足で歩いている。気になってじっと見つめているとこっちをじっと見返してきて、一歩でも近づくとさっと逃げる。やはり猫だ。でも猫じゃない。二本足で歩いている、明らかに不自然なのが前をひょこひょこ歩いているのだ。
「どうかしたかい？」
「なんでもない」
そういうものなんだろう、と未来は思うことにした。これは夢なんだし、と。
ガトは町中のとある建物へ未来を案内してきた。城壁と同じようにところどころ緑や灰色に苔むした石造りの一軒家。二階建てになっていて、木製の大きなドアには黒い金属で縁取りがしてある。しかしドアには無数の傷がある。一体なぜここまで傷だらけなのだろう…？ 周りの壁は石造りなせいか、そういった傷は見受けられない。本当はこちらも傷だらけなのかも知れない。
見上げてみると二階に窓があって、左右に大きく開いている。そこでは一人の女の子が洗濯物を干していた。小さく鼻歌のようなものも流れてくる。洗濯用のヒモが隣の窓に渡してあって、そこへ抱えている洗濯物を次々と干していく。ハンガーというものはないのだろう。洗濯した衣服をヒモへ乗せたり引っかけたりして干していくのだ。
「…？」
ドアの前にいる未来と目が合った。一瞬、首を傾げたが…やがて弾けるような笑顔になって両手をぶんぶんと振ってきた。挨拶のつもりなのだろう。そして姿を消した。恐らく一階へ迎えに来た、と思われる。「みにゃー」とか「あわー」とかそんな叫び声と物のぶつかるような蹴るような音がじょじょに近づいて重いドアが、ばん、と開いて彼女が転がり出てきたのだから。恐らくドアの傷の一部はこの女の子が原因なのだろう。
彼女の名はディクシィ。未来がこっちに来て初めて会った人間である。ちら、と見えた限りではかわいらしい子なのかな、と未来は思った。背も未来よりは低いようだし。しかしディクシィが見た未来は…頭から無数の洗濯物をかぶったまま立ち尽くしている姿だった。だから初対面でお互いはお互いの顔をしっかりとは見ていない。
両手に物を抱え込んだまま、両手を振り回してはいけないのである。
「ったく…おめえのそそっかしさには呆れるばかりだね」
あの分厚いドアの向こうは酒場のようになっていて、そのテーブルについたのが未来とガト。ディクシィは座らずに立っている。ガトは…猫用の高い椅子、というのがあって、そこへ収まっている。
…ファミレスにある、アレかな。
幼児用の椅子を思い出したらしい。さしずめディクシィが注文を取りに来たウェイトレス、というところだろうか。そんな格好はしていないのだが。
「ごめんなさい…あたしったら、体が先に動いちゃうって言うかね、何て言ったらいいか…」
「そういうのはドジとか考えなしとかって言うんだ」
猫用の椅子の上で、器用に横を向いて、テーブルへ肘ごと腕を預けて…ふん、と鼻を鳴らす。椅子を見なければ皮肉屋の、でもやや目つきのきつい素敵なおじ様に見えないこともない。だが、足を組むには彼の足では少々短いようだ。正面からだと多分子供が両足を投げ出しているように見えることだろう。
「で、ガト。こちらの方は？」
「ミライっつってな。拾ってきた」
なんでもないような口調。そして猫らしくディクシィが持って来たミルクらしい液体を、ぺろりと一なめ。
…わたしの方が猫ってこと？
「初めまして！ あたしディクシィ！ あなたは？」
「…ミライ」
おずおずと手を出すと…意外としっかりと握り返してくる。そして…満面の笑み。
「ミライ…いい名前ね。ね、ね、あたしは地の精霊ダリオス様と火の精霊ファリアイ様から承認を受けてるの。あなたは？」
「…え」
さすがにちょっと困ってしまう。思わずガトを見てしまう未来。
