「早まるない。こいつは何からも承認なんざ受けちゃいねえよ」
「…そうなの？ 精霊使いじゃないの？」
ぺろぺろ舐めるのに飽きたのか、両手でカップを抱え込む。そして…ごくり。
「ああ。間違いねえな」
「そっかー…なんかそんな雰囲気だと思ったんだけどなー…残念」
言ってからあわてて口を押さえる。
「いや、あの、残念て別にそういう意味じゃないの、うん、そう…ただあたしと同じくらいの年の子で精霊使いってなかなかいないもんだからね、あのね、あなたも同じだと嬉しかったなあ、いいなあって…ああ、いや、だからそういう意味じゃなくて、ヘンな意味じゃないってことなんだけど…」
「…いいから黙ってな。自分から傷口広げてどうすんだってんだ、ったく」
ふう、と最後の一口まで飲み干す。そしてにやりと満足そうな笑み。猫というのは意外に表情豊かなのだな、と未来は素直に思う。ただし、このガトが普通の猫かどうかは分からない。普通の猫がこんな風に優しく笑うことができるのか…知らない。
「ミライ。ここにゃあな、精霊がいるんだ」
「精霊様だよ、ガト」
「どっちでもいいんだよ。そんな呼び方すんのはおめえたち精霊使いくらいじゃねえか」
この地には四つの基本大元素を代表する精霊が四人いる、とガトは言った。
「四人、って人様みてえに言っていいのかどうか、おいらにゃ分からねえけどな」
「まったくガトっていつもいつもえらそうなんだから。精霊様に失礼だよ」
地のダリオス・水のミナオリア・火のファリアイ・風のサリウス。
精霊は常にこの町を、地方を、世界を規則正しく巡っているのだと。大元になる本体はそれぞれ一つだけしかなく、お互いがお互いに触れることを許されていない。代わりにいくらかの力を分けた「分体」が無数に散らばっていて、それらはお互いに触れることで影響し合い世界を正しく回しているのだ…と。
「カンタンに言おうかね。精霊ってのはこの世界の流れを司ってんだ」
「ないと困る存在なのよね」
「別になくても問題ねえけどな。世の中ってのはそんなにカンタンじゃねえもんさ。精霊がいなくたっておてんと様はきちんと上らあね」
「えー…ダメだよ、精霊様がいないとあたし達が困るじゃない」
ディクシィたち「精霊使い」はそういった精霊から承認を受けて様々な力を借りる。大元となる精霊の本体ときちんと交信することで己の存在を認めてもらい、力を借りることを『承認』と呼んでいる。もちろんある程度の能力がないと交信すらできない。過去には精霊使いが人々の信仰を集めた時代もあったと言う。教会のような神聖とされる場所に祭壇を設け、精霊使いが起こす様々な奇跡に人々が魅了されていたのだ。
「へへん。どう？ 精霊様ってすごいんだから。シジョーかつゆいいつムニっとしたソンザイなんだから」
「つまんないねえ、不合格。やり直してきな」
「何が？ 何が不合格なの？」
「そんなボケじゃツッコめねえってこった」
「何？ 何？ ねえ、何のことなの？ あたしもうボケてるってことなの？」
今でも精霊使いの数はそれほど多くはない。しかしそんな時代ほど珍しい存在でもない。ここ、ナンタイコウにもかなりの数がいるだろう。本体ではなく分体に承認されても精霊使いになることができる、ということが後に分かったから。ただし、分体に承認してもらうと使える能力がやや落ちる…とされている。
「…まあ、なんだ。普通じゃできないようなこともできる人間だ、って思っていいってこった」
「ガト…ガト…」
「精霊同士はお互いに触れることを許されてねえ。でもそりゃあ精霊本体同士の話でな、誰かが承認を受けて力を借りる分には問題ねえ。だからこいつみてえに二つとか、他にも三つ四つ精霊使える人間もいる。それぞれを複合させて能力を使うことも可能って…」
「ガトのばかあああああ！ あたし、あたし、まだボケてないもーーーーん！」
ごう、という耳に響く音を残し、目にも止まらぬ速さで二階へと階段を駆け上がっていくディクシィ。やはり悲鳴らしき声とモノの壊れるような音が続く。ふう、とため息ついて猫用の背の高い椅子から降りるガト。
慣れた様子でカウンターの中へ。見回してみると…ここは西部劇によくある酒場のような場所だ、ということに未来は気づいた。床はドアと同じように重厚な木でできている。今自分が座っている椅子とそしてテーブルも赤黒く鈍く光っている。他の椅子やテーブルも落ち着いたもの。古びた木のカウンターの奥には酒ビンらしきものがずらりと並んでいる。しかし、他に店の人や客もいない。誰も言葉を発さなければ、しん、と静かなままの店内。
ガトは慣れた様子でカウンターの中に入り…店の中に出られるように小さなドアがある…棚のビンではなくポットのようなものへお湯を注いでいる…と思われる。何せ背が低すぎてここからでは良く見えない。
「『地走り』」
「…え？」
「地のダリオスと火のファリアイから同時に承認された精霊使いが使える術でな。一時的だが足が速くなるって代物だ」
