しかし二階なだけあって見晴らしはいい。かなり遠くまで見ることができる。空も広い。なおのこと町も広く見える。
こうやって見ているとナンタイコウというのは相当に大きな町だ、ということが分かる。二階や三階建ての家まである。薄赤や青色、黄色の瓦がまるで波のように連なっている。途中、ちらりと見えたあの海みたい、と未来は思う。静かなのだけれどうねりが大きくて平らな水面というよりでこぼこな岩肌みたいに見えた。
もちろん、その海はいつもの姿ではない。未来が「いつもの海」を見て驚くのは少し後のことになる。
「あ、あそこ。ちょこっと出っ張った塔みたいなのが見えるでしょ？ あれがナンタイコウにある宿屋の一つなんだけど…ちょっと高いのよね。だからあたしたちみたいなお金がない冒険者はこっちの宿を使うの」
「…冒険者？」
「依頼を受けてそれをこなす職業ってとこかしら？ 色んな技能持ってる人がその技能を生かしてお金もらうの。ここはオーナーがその元締めもやっててね、手伝いとは別に成功報酬のうち1割を収めると一部屋を貸してくれるって宿なの。ごはんとかそういうのはないけどね、雨露しのげるってのはやっぱりありがたいよね」
よく物語で目にする何でも屋みたいなものなのかな、と未来は思った。さっきから集まってきてる人たちもそういう「冒険者」たちなのだろう。だから武器や防具を身に付けていたのかな、と。
…そっか。ここはそういう世界なんだ。
「ありゃ。これじゃちょっと小さいかな…結構背、あるのね。ちょおっと待ってよ、えっと…たしかこっちにもうちっと大きいのが…」
全部脱がされて下着だけの未来と、上半分だけ着ていないディクシィ。その辺りで未来はなんだかイヤな予感を感じ始めていたのだが…。
「…何だってんだ？ ガトのやつ部屋に何があるって…」
そこへいきなりドアが開いてさっきのハリエルが不思議そうな顔のまま、入ってきたのだった。
「ば、ばかやろーーー」
どっちの声ともつかない絶叫。ディクシィが問答無用で殴り飛ばしてまっさかさまに階段を落ちてくハリエル。ディクシィの腕から拳にかけて細かな霧のようなものが見えたから、これも精霊を利用した何かなのかも知れない。
………。
「だからー、ごめん、ごめんって」
あれからちょっと時間が経っている。酒場…宿屋の一階のテーブル。ガトは相変わらずミルクをちびちびやっているが、今までずっと飲んでいたわけではない。先ほどまで椅子の上で「お昼寝」していたのだ。こういうところは「猫」なのだろうか。
ガトの他に着替えた未来とディクシィ。そして見事に頬が腫れ上がり、そこへ貼り薬をべたべた貼られたハリエルが、その頬をさらに膨らませてご機嫌斜め。
「いきなり『火揚力』かよ…これだから精霊使いってやつはよ…」
「…ねー謝ってるじゃないのー」
『火揚力』とは火の精霊の承認を受けた者だけが使える術であり、対象（術者本人にも可）の腕力を上げる効果がある。なお、重ねがけも可能。
「詠唱なしだったから大したことねえってもんだろ？ そこまでやいやい言うない」
「そういう問題じゃねえよ」
精霊の力を借りて術を発動させる時には精霊に「お願い」する必要がある。どんな文言でも構わないのだが、何かしら呪文めいたものを口にしなくてはならない。そうしなければ精霊の力を借りることができない。しかし火急の場合はそうも言っていられない。そのため「呪文詠唱なし」で発動することもできるのだが…それだと威力や効果は格段に落ちてしまう。
「ねー、ねーってばー」
「うっせ」
そういう事情をガトが説明してくれたのだが、未来には今ひとつ分からなかった。「そのうち分かるだろうさ」とガトも深くは語らなかった。
「ミライもさー、なんか言ってよ…」
「え、えと…わたしは、別に」
実際には一瞬すぎて何が何だかよく分からなかったのだ。ドアが開いた？ とか思ってるうちにディクシィがだだっと駆け出して…大きな音と一緒にハリエルが転げ落ちて行った、ということくらいしか分からない。
「その…ここまで謝ってるんだし…許してあげても…」
ちら、と視線を送ってくるハリエル。すぐにあさっての方へ戻してしまうが。
「ま、まあ…ミライがそう言うなら…いいか。こっちも悪かったしよ」
「そうだよ。ハリエルも良くないんだよ。レリーが二人もいる部屋にノックもしないで」
「こりゃあ…ツッコんだ方がいいのかい？」
「やめとけ。多分こいつは分かってねえ。素だよ。天然だよ」
「んもー…二人で何こそこそしゃべってんのよ！ ツッコむって何のことなのよ！」
