そんなこんなもあったのだが。結局自分はなぜここに連れて来られたのか…それもよく分からない。
太陽が十分に上ってきた。そんなお昼くらいになると今度は人の数が減り始める。ディクシィの話によればここを宿にしている連中は他にもいる。実際、何人かは2階に上がったりまた降りてきたり、を繰り返していた。しかしそうでない連中もいるとのこと。ちょっと休んだり軽食を取ったり。あるいは仲間と笑っている。そういう人たちはここには泊まらず町中にある自分の家か、それとも普通の宿屋に泊まるのだとか。
そのうち未来はあることに気づいた。…カウンターの中に人がいる。朝には誰もいなかったのに。もこもこ、もこもこと頭らしいものが動いている…？
「……？」
ちょっと背伸びしてカウンターをのぞきこむような仕草。
「どした、ミライ？」
ハリエルがそんな未来に気づく。彼も朝からずっと何もせずに、今までぼさっとしていたわけではない。目の前のテーブルの上には何かの葉っぱが数枚と、木の実がいくつか。そして皮の小さな袋がテーブルの下にたくさん。これは立派な仕事なのだそうだ。皮の小袋に葉っぱと木の実を決められた数だけ入れて、ヒモでしっかりと口を縛る。その時に虫食いのある葉っぱだとか乾燥しきっていない木の実があればわきへどけておく。一定数こなせばちょっとしたお金になるらしい。こういう仕事は冒険者への依頼ではなく、成功報酬とはならないので1割を収める必要はない。全部俺らのもんになるんだ、とハリエルは嬉しそうだった。
ディクシィが他の冒険者たちとこの宿屋全体の洗濯や掃除をやっているので、今は上には上がれなくなっている。そのため未来もハリエルの仕事を手伝っていたのだった。
「え、ちょっと…」
位置からするとハリエルはカウンターに背を向ける格好。向かい合っている未来にしか見えない。なお、ガトは例の椅子の上でお昼寝中。こちらは手伝う気はないようだ。
「誰か、いるみたい…？」
「ん？」
肩をぐるり、と回して背もたれに肘を預けて。背中から体重かけて後ろへ振り向く。
「ああ、あれか。ちょうどいいか…おい、マリカ。いるんだろ？ ちょっと紹介しときたいんだが…」
もこもこ、もこもこ…は小さな頭だった。それが、ひょい、とカウンターの上に上半身を現す。
「なんや、ハリエルおったんか。相変わらず景気悪そやな」
よく見るとどこか体のバランスがおかしい。これでは足だけ異常に長いことになってしまう。恐らくカウンターの裏では踏み台にでも乗っているのだろう。かなり背の低い女性のようだ。
「大きなお世話だ。…ガトが拾ってきたんだ。ミライ。しばらくやっかいになる」
…やっぱりここに泊まるのは既定事項？
何が何だかよく分からない未来なのだが、とりあえず、立っておじぎしてみる。
「よ、よろしくお願いします…」
マリカ、という女性はひょい、と身軽にカウンターを乗り越えてきた。未来の肩ほど…いやお腹くらいにもこもこ頭がある。やはりかなり小柄だ。が、エプロンをしている辺り妙な存在感がある。さらに腰に両手を当てて、胸を張っている様子はどっしりと落ち着いていて未来などよりはるかに年上だろうと思わせる。
「ん。こっちこそよろしゅうな。自分の家や思てラクにしてや。大体んとこはディクシィとかハリエルやガトに聞いとると思うけど、うちは冒険者の元締めもやっとる。ここへ泊まるには成功報酬の1割収めてもらう決まりや。ただ、メシは出えへんし、他の細かい雑用もしてもらう。でもそういうとこさえきちっとやってもろたら後は自由。好きにしいや」
そこでくるりくるりと辺りを見回す…。
「あ…おったわ。うちの旦那にも紹介したるわ。…ソケイ？ ちょお、こっち来てんか？ 新入りや、新入り！ またガトが拾って来てんて…」
…てことは前にもわたしみたいな人が来た、ってことかな…？
ガトならやりかねないかな、と、今朝会ったばかりなのにそんなことを思ってしまって…ちょっと笑ってしまう。
「何だよ、何かおかしいのか？」
「別に、ちょっと…ね？」
「変なやつだな」
そこへマリカが戻ってくる。
「うちの旦那や。ソケイいうねん」
「よろしくお願いします」
ぺこり、と頭を下げてみる。…そして頭を上げながらソケイという男性の顔を探したのだが…。
「町でもちょっとは知られた大男いうやつでな、時々入り口の鴨居とかにアタマぶつけてんねん、おもろいやろ？」
いかつい顔は未来のはるか上にあった。彼女の父親もかなり背が高いのだが、ここまで高くはない。しかも、ここまで肩幅も広くないし、腕も太くない。小柄すぎるマリカと並んでいるその姿は親子と言うか小さな狐と大きな熊と言うか…。
「ソケイ。よろしく…」
