昼間のナンタイコウは朝とは違った雰囲気を持っている。
ハリエルは「大通り」と呼び、ディクシィが「おっきなみち」と呼ぶ太い通りが真っ直ぐ通っている。恐らく町の真ん中を通っているのだろう。
マリカの宿屋（正式な名前はないらしい）はそこからは通りを一本隔てている。宿屋を出て、目の前の小さな路地を少し進み…一つ目の曲がり角を曲がれば簡単に辿り着ける。そこは朝、未来がガトに連れられて歩いてきた通りでもある。ヒマそうな門番がいる門からここに続いている。
そんな大通りはもちろんその名の通り広い。十人くらいは楽に通れるのではないだろうか。早朝に通った時は、がらんとしてるな…と思ったのだが今はそんなことはない。様々な格好をした人たちがたくさん行き交っている。休日にどこぞの交差点や歩行者天国に行く…とまでは行かないがそれに近い活気にあふれている。
しかし道をはさんでいるのは建物だけではない。粗末な幕で日を避け、むしろを敷いただけの露店が文字通り軒を連ねている。露店だけではなく手押し車に商品一切を山のように乗せた屋台もある。こういった光景は朝には見ることができなかった。そう言えばくるくると巻いたむしろや屋台の骨組みだろうか、木の枠がそこらに捨てられてあったような、気もする…。あれらは捨ててあったのではなく本当は置いてあったのだろう。
「……」
日本ではない、どこかよその国にはこういった露店街や屋台通りがある、という話は未来も聞いたことがあった。それは仕事柄海外へよく行っていた父親から聞いたのか…それともそういう番組をテレビで観たのか。その辺は思い出せない。少なくとも未来はこんなに人の話し声が飛び交い、ここまで人が大量に行き来している場所を経験したことがないし、知りもしない。
「…んでね、そこの屋台はね、シードルポップが美味しいの。甘くてね、美味しいんだよ？ 焼きたてよりも、ちょっと時間置くともっと美味しくなるけどね」
ディクシィがあれこれ説明してくれるのだが、半分くらい頭に入って来ない。
「おっと、気をつけろよ…時々たちの良くねえのがいるからな。ぼおっとすんなよ」
ハリエルも気を使ってくれているらしいのだが、やはり半分くらい言葉が頭に入って来ていない。
…なんか…押し倒されそう…。
人の動きではない。もちろん人が歩き回ることで起きる風でもない。声の重さ、と言ったらいいだろうか。声には人の意思が乗る。その重さを未来はひしひしと感じていた。身体全体で。未来に向けて放たれているわけではないそれらを、しかし確実に感じることができる。その重みには…戸惑いすら感じてしまう。
ハリエルとディクシィの二人はそんなことを感じているはずもない。これが彼らの日常なのだから。
どこか熱にうかされたようになっている未来を、二人は一軒の店へと案内する。大通りにたくさんある露店や屋台ではない。立派で重厚そうなドアにしっかりとした店構え。やはりマリカの宿屋のようにドアには無数の傷がついている。よく見回してみれば、そういう傷のないドアはほとんど見当たらない。そういう町…なのだろうか。
ドアを開けて中へ入ると外の喧騒が別世界のように、しん、と静か。やや薄暗い。
「え…」
最初はよく見えてなかった未来だが、目が慣れてくるとそこに何が並んでいるか、はっきりと見えてきた。無造作に突き立ててある無数の長い剣。そして大量の矢。そばには弦を外した弓がまるで棒のように並んでいる。小さな窓から入る小さな光を、ぎらりと跳ね返す大きな斧もある。さらに剣よりも矢よりも長い、槍が何本もまとまって台の上に置いてある。
「…すご…」
「ここが武器屋だ。…なんだ、こんなので驚いてんのか？ ほんと変なやつだな」
「あ、リョンカがいたよ」
ディクシィがととととっと駆けて行って…背の高い、品の良い老人…いや老紳士の手を引っ張って来た。こういったごつい品々のある店にはあまり似合わない格好でもある。どちらかと言えばおとぎ話に出てくるお城や貴族のベテラン執事…と言った様子。
「おっとと…いけません、いけませんよ、ディクシィさん。ここは皆様が静かに武器を見定める場です。そのようにばたばたと走り回られては…？」
「何言ってるの？ 新しいお客さんなんだよ。ミライっていうの」
左手で老紳士の手を引っ張り、右手で未来の手を引く。
「あ、どうも…初めまして…」
思わずぺこり、と頭を下げてしまう。
「これはご丁寧に。私めはリョンカと申しましてこの武器屋のあるじにございます。どうぞお見知りおきを。お名前は…ミライさんでよろしいですかな？」
「は、はい…こちらこそ、あの、その、よろひくおねがいひまふ…」
思わずかんでしまったが、リョンカと名乗る老紳士は穏やかな笑みを浮かべている。
「リョンカ。こいつは今朝こっちに来たばかりなんだ。なんかいいのを見つくろってやってくれよ？」
「…今朝。ふうむ…？」
あごに手をやって、やや腰をかがめる。そして、じっ…と未来の顔を見つめる。
「あの。何か…」
「いえ。失礼いたしました。私めにお任せくださいませ。きっとあなたに合った武器をご紹介させて頂きましょう」
