「容量だろ。質のいい石ほど大量の良い魔法力をため込むことができる。だから質の悪いやつは使い捨てなんだと」
いつの間にかハリエルが戻ってきている。
「なんだ。終わったの？ クレナイの調整あったんじゃないの？」
「さっき終わった。…帰ろうぜ。ガトがそろそろ気にし始める頃だろうからな」
「そっかな〜？ またぐーすか寝てるんじゃないの？ ネコだし。ね？」
「う、うん…」
「そうでもねえよ。見な」
武器屋の入り口が開いている。三人が話し込んでいる間にリョンカが先回りして、開けておいてくれた。軽く頭を下げて胸に手を当てやはり良い姿勢で見送るように目を閉じている。そのためか、他の客も少しずつだが帰り始めている。人の流れ。そんなものがこの武器屋にもあって、それが出入り口へ向かっている。
「あちゃ。もうそんな頃合なんだ…」
「もう終わり、ってこと？」
「今日はね。また明日に来ればいいんだけどね。…ハリエル、他に何か買ってくもんとかあったっけ？」
「うん？ …何か他にあったかな。頼まれもんも…ないか。そうだ、ミライも何か買うか？」
「わたしは、特に…どんなのがあるか分からないし」
「そっか。じゃあ、少しぶらついてそれから宿屋に戻ろうぜ。何かあるかも知れねーしな」
三人は外へ出る。リョンカが深々とおじぎをしてきたので、あわてて未来も深いおじぎを返したのだった。
意外と日が落ちるのが早い。
さっきまで昼間の最中だ、と思っていたのにもう日が傾いてきて町の風景も変わってきている。それまでの昼間の白を基調とした光から、夕方の橙色を基調とした光へと変化してきている。町並みを染める光の色が変わってくる、ということは人々の生活も変わってくることを意味する。
大通りでは屋台がぽつぽつとその数を減らしてきている。びっしりと道の両脇に並んでいたのがところどころに抜けが生まれている。もちろん屋台を全部撤去してしまって、そこはただの道端になっている…というわけではない。資器材を片付けて屋台のあった場所に並べておく。また明日ここで商売を始めるのだから。
「あ。残念。シードルポップの屋台、今日は早じまいだよー…ちぇ、また明日かその次にでも来ようね？」
屋台や荷車だけではない。店舗のある店も少しずつ、少しずつ閉めてきている。未来たちが歩いている間にも、あちこちで店の前に並べてあった商品を店の中へとしまいこんでいる。あるいは一抱えもある看板を二人がかりで運んでいたりする。大変に重いものなのだろう、二人とも顔を真っ赤にしている。
…さっきよりは、うん、こっちの方がいいな。
人ごみも減ってきているのだ。大通りを埋め尽くす、と言えば大げさにはなるが…まるでそこまでいるのではないか、と思われた人ももうそんなに数はいない。数えるほど、というほどではないが。それでも昼間の喧騒に嫌気がさしてきていた未来にとって、これくらいの風通しの良い通りの方が心地よい。あるいは気が楽だ、という言い方もできる。
「なんか今日はみんな閉めるの早いね」
「そうだな。なんかあったっけか？」
「んー…なんも聞いてないけどね」
いつもはもっと遅くまで開いてるだろう。
しかしいくら日が傾いた、と言っても夕方にはまだ届いていない時間帯である。橙色は確実にその勢力を増しているが、昼間の白だってまだまだ負けてはいない。そのせめぎ合いは橙色が勝つと決まっている。その橙色だってやがて来る真っ黒や深い青に負けて去ってしまうのだ。その真っ黒や深い青は、朝になれば今度は朝のまぶしい白に取って代わられる。
結局何も買わずに宿屋へ戻ってきてしまった。未来は特に何が欲しかったわけでもないのだが（お金はどうしよう、とか思っていた）もう少しナンタイコウの町を見てみたかったかな…と思ってはいる。
それからちょっと話をして。ガトはやはり椅子の上で丸まって眠りこけていたので話しかけず。ソケイが寝床の支度を手伝ってくれたのでハリエルたちがいつも眠っている部屋で未来も寝ることになった。
そう。もうそんな時間になってきていたのだ。辺りは真っ黒…空だけ見るなら…そんな色。太陽と同じように月が出ている。その柔らかくも鋭い白い光は闇の黒と同化することもなく。しかし黒の度合いを薄めて世界を照らす。二階の窓から見下ろすナンタイコウの町は人の通る気配もない。人どころか犬や猫の気配もない。
これから安らかな眠りにつくのだろうか…全てが。
ランプの灯りと言うのは実はそんなに明るくないのだな、と未来が妙なところで感心していると、ディクシィが「こっちこっち」と呼ぶ。あの部屋は元々ベッドが二つ。ハリエルとディクシィがそれぞれ使っていたのだが、ソケイがどこからともなく折り畳みのできる簡易寝台を持ってきてくれたので、そこへハリエルが寝ることになったのだ、と言う。
「……」
「気にすんな。俺はどこでも寝れる」
…今度から順ぐりにしたらいいのかも、とか思う。
いざベッドに入って。…そこであることに気づく。…ええと…何かないかな、マクラの下に入れるやつ。
「うむう…どしたの？」
「何か、薄いものがないかな、って…」
「ん？ うすいの？ そうねえ…これなんかどう？ 誰も読まないけどなんか、転がって…あふあ、ねむ…」
ディクシィが渡してくれた「何か」をマクラの下に入れて。ぽんぽんぽんとマクラを軽く叩いて。それから未来は深い眠りに落ちていった。
