軽快な電子音。少しだけ開いているカーテンから日の光が入ってきている…。
…朝？
間違いなく朝である。
…夢？
そう思うのも無理はない。今、未来は自分の部屋で自分の目覚まし時計に起こされたのだから。
半身を起こしてカーテンをもう少し開けてみる。窓から入り込んでくる朝の光は、やはりいつもと変わらない。安らかな眠りをぶち壊してくれるこの柔らかい光には、いつも感じるちょっとした暖かさがある。
…特に疲れてるわけじゃない、よね…。
昨日あれだけ歩いたのだ。色々あったし。だから体が疲れているのか、あれだけ眠ったくらいじゃ疲れなんか…と思うのだがそうでもない。いつもと同じ、目覚めた後のやや呆けたような感覚。
…やっぱり夢かな。
そう考えようかな、と思い始めている。何せあり得ない話なのだから。ネコがしゃべるし二本足で歩くし。石が光るし剣から炎が出るし。あんなことが起きるはずはない。あったらおかしい。そう思うのが普通。
それに今着てる服はベッドに入った時そのままの赤いジャージ。ディクシィにもらった着替えではない。めんどくさかったので、あれから着替えもせずにそのまま寝る体勢に入ったのだ。今、このジャージを着てるということは…やはりあれは夢なんだろう。
「さ、起きよ」
学校だってあるのだ。準備は…昨日済ませておいたはず。だからそのまま部屋を出ればいい。
未来がベッドから勢いよく飛び起きた時、マクラの下からあの本が転がり落ちた。しかし彼女は気づかない。
彼女の家は未来の他に父と兄と弟がいる。母親はいない、というのは前にも述べた。
では家事全般を彼女一人でやっているのか、と言うと…そうでもない。食事の支度と掃除は父も含めて当番制。ただし、洗濯だけは未来がやることになっている。年頃なのである。そのため、未来は掃除当番からは除外されている。食事当番も朝のみ除外されている。休日の昼と夕食のみ組み込まれているのだ。従って、未来が起きてすることは…まず洗濯機に向かうこと。
部屋を出たら洗面所兼洗濯機置き場へ。風呂場に繋がっているので脱衣所も兼ねる。軽く辺りを見回して…軽くシャワーを浴びるのが毎朝の習慣でもある。その時に自分の洗濯物もカゴへ放り込んでしまう。そんなに長い時間ではない。すぐに出てきて髪を乾かして用意してあった制服に着替える。…全自動洗濯機に洗濯物を入れて、洗剤を入れて、スイッチを入れる。軽快なうなりを上げて震動を開始する洗濯機。この間乾燥まで自動でやってくれる機種に買い替えてくれたので、わざわざ乾燥機に入れ直す必要がなくなった。手間は省けるのだが、一手間なくなった分若干手持ち無沙汰なのも事実である。
…そう言えば。
ディクシィはどうやって洗濯していたのだろう。まさか洗濯機とかあるわけもないし。
…精霊の力、とかそんなのを借りたのかな…。
何を考えてんの、夢なんだし、と頭を振る未来。朝食を終えた後に取り出してきちんとまとめておくのも洗濯係の仕事なのだ。それを忘れてはいけない。
食堂…と言うよりいわゆるダイニングキッチンという台所と食堂が一体になったような大きな部屋。そこへ入るといつものように食卓には父・羽佐人（はさと）がゆったりと新聞を読んでいる姿がある。
「おはよう、未来」
「…おはよ」
別に気まずいわけではない。親娘仲はそれほど悪くない…と未来自身は思っている。話をしないわけでもないし、自分なりに精一杯受け答えをしている、と思っている。しかし他の家族がどうかよく分からないので比べようがないのも事実。
よく聞くように休日に皆でドライブに行ったり、とかそういう記憶もない。父である羽佐人が運転免許を持っていないし車も持っていないのだからそもそも無理だ、というのは未来もよく知っているのだが。
…あ。今日は兄ちゃんだ。
「お。起きたか未来。今日は自信作だぞ？ ま、食ってみれ」
兄の先守（さきもり）。今日は彼が朝食当番なのだろう。ご飯の炊けるもっちりとした匂いが辺りに満ち始めている。父の羽佐人が朝食当番の時はパン食だからこんな香りはしない。その父は今、悠然と新聞をめくっている。と言うことは掃除当番は弟の明夫（あきお）ということになる。掃除当番は朝はほとんどすることがない。玄関先…マンションのだからそんなに広くない、そこを軽く掃くだけ。帰ってきてから平日は全床の掃除機がけと風呂トイレ掃除、となっている。自分の部屋の掃除は自分でするからそこまではやらない。月に一回程度ちょっと大掛かりな掃除をするくらいだろうか。
「あー、ねーちゃんもう起きてる。なんだ、やっぱり早起きだなあ」
少し、ぼおっとした声の明夫である。
「そりゃ、洗濯するし」
「んだね、そうだね…あ、兄ちゃん、もう食べていいの？」
「そうだな、もういいぜ。…父さん、食べようぜ？」
新聞をしまう父。
「では、いただこうか…」
