バスでもそんなに時間はかからない。駅からだと三つほど停留所で客（ほとんどは学生）を拾って、学校に着いてしまう。この路線は駅から高校の校門の前まで通っている。未来や真記のように電車で高校に通っている学生は、実はそれほど多くない。ほとんどの高校生は駅まで自転車で来てバスに乗るか（かしこがそうである）、あるいは途中からバスに乗るか。あるいは自転車で通学している。中には徒歩で通える生徒もいるという話。
このバスも方向が逆なら通学だけではなく通勤のサラリーマンなどでごった返すのだろう。駅から遠ざかっているため、乗っているのは同じ高校の学生ばかり。時々すれ違う駅へ向かう方の路線のバスはぎゅうぎゅう詰めだったりするのだ。あれに乗らなくていい、というのはラッキーなのかな、と思ったりもする。
駅周辺はそれなりに開発が進んでいる。しかし大きな家電量販店や映画館があるようなやはり大きなショッピングセンターなどは、ない。細かい路地が入り組んでいて、昔ながらの小さな商店が、ひょっとその中に紛れ込んでいたりもする。その一方で古くからあるスーパーもあったり有名デパートもあったり。町としては結構古いのだ。かしこなどの地元の高校生は小学生の時にこの町についての授業を受けたりする。
実は何百年とかそれくらい前から村落としては存在していて…戦後の急成長期に一気に開発が進み、しかしその後少しずつ町としての成長スピードは衰えてきたのだと。今はそれなりの町として落ち着いてしまっている、とそういうことまで授業でやるのだそうだ。
昔ながらの町並みも残っているこの町。バスが通る道路もはるか昔は街道として機能していた、とも伝わっている。
「ほら、なんか白い鳥がいるよ、あれ、あ…飛んだ」
「なんだっけ、なんとかしらさぎ？」
この道は駅から離れれば離れるほど田んぼや畑も増えていく。町の風景から田畑の風景へ変わる辺りに未来たちの通う高校はある。だから高校の周辺は町中のごちゃっとした光景ではなく、こういう田畑の広く広がった光景になっている。他を知らないからその方がいいのかどうか、未来は知らない。ただ、高校の近くに店も何もないものだから、何か買おうとしたら駅まで行かないといけない。校内に購買部もあって文房具ならそこで揃う。でも学校行事などで大掛かりな買出し…となるとバスを使わなくてはならないのだ。
「さ。着いたね…降りるよ、みき」
「うん」
高校前のバス停。バスからたくさんの学生が吐き出され…校舎へと向かう。その中には未来も真記も、かしこもいる。もちろん先守もいるはずなのだが、未来は探すようなことはしない。兄の方も知らんぷりを決め込んでいるので、まず会うことも目を合わすこともない。…別に仲が悪いわけではない。ただ、なんとなくその方がいいのかな…とお互いが思っているだけのこと。
バス停は校門のそばにあるから、自転車もひっきりなしに通る。それらはバス停から歩く生徒たちの間を縫うように走っていく。
一年生は一階、二年生は二階、三年生は三階、となっている。未来たちは下駄箱からすぐ近くの「一年三組」の教室に向かう。すでに何人かが登校してきていて、何やらしゃべったり何か読んでいたり…机に突っ伏して寝ている者もいる。
「はよーん」
「おはよ。あれ？ 三人一緒だ、久しぶりなんじゃないの？」
「そっかな、あはははー」
未来は部活などに入っていないが、真記は映画研究会、かしこは文芸部に入っている。どちらも朝に活動する部活ではない。が、学校の行事などがあると忙しくなる部活でもある。それに放課後はほぼ必ず活動しているので、下校時には未来だけになる。
未来も小さく挨拶して自分の席に着く。窓際から二列目で後ろから二番目。特にいいとも悪いとも思わない。
「ね、聞いた？ 今日転校生が来るんだってさ」
「へー、女？ 男？」
「男だってさ。どんなのかね」
真記は未来からは一つ席を挟んで二つ隣になる。すぐ前にはかしこが座っているが…真記は自分の机に腰掛けている友達とのおしゃべりに夢中である。
「なんかね、ちょっと暗いやつなんだって」
「なんで分かんの？」
「二組の子が見たんだって。日誌取りに職員室行ったらトーダのとこにいたんだって」
トーダ、とは三組の担任の戸田（とだ）先生のこと。年齢から言えば彼らの親とほぼ同じくらい。小柄で見た目はきびきびしていそうなのだが、実際はゆったりと動く。目がぎょろりとしているのでなんとかと言う老師にどこか似ていて、そんなあだ名がついたらしい。
「ずっと下向いてた、とか？」
「んっとね、そうじゃなくてね、なんか…暗い感じだったって」
なんだかよく分からない。
「ほーい、席につけー…」
出席簿をひょい、と片手で持ち上げて（彼のいつもの姿勢らしい）トーダがゆっくりと入ってくる。いつの間にか皆、登校してきているようだ。
「えっとなあ、今日は最初に転校生、紹介しとくな。…おおい、七咲、入ってこい」
呼ばれて入ってきたのは噂になっていた転校生。結構背の高い男子生徒。
