…朝？
軽快な電子音。カーテンから差し込む柔らかい朝日。
「…起きなきゃ」
…昨日、マクラの下に何入れたっけ。
数学のノート。今日の授業とは関係ない科目である。…あの本は…机の上の本棚に収まっているのがベッドに横になっている今でも見える。英和辞典と数学の参考書にはさまれて、ちょっと傾いて角が飛び出している…ようにも見える。
…あれ、入れてたらまたあっちへ行けたのかな…？
そんなわけないって。あれは…夢なんだから。
果たして朝食のカレーはそれぞれ一杯ずつ。さっさと片付けてしまった明夫は自分でパンを焼き、バターを塗り、一気に口に放り込み、むせて牛乳を飲み、パンを焼き…を繰り返していた。他の皆はカレーだけでお腹いっぱい。
「弁当、忘れないでよ」
明夫の弁当はいつも内容が決まっている。野菜炒めとウィンナー、そして白い飯に梅干しが一つ。毎日だと確実に飽きる内容。しかし当番は順ぐりに変わっていくから時々この弁当になる、ということ。ただ、当番の期間は不定期に変わる。一週間も当番に変更がない時もあるから…そうなると先守がちょっと手伝って別の内容に変更させたりするらしい。
「じゃあ、行ってきます」
いつもの順番で家を出て…未来がカギをかけた。
午前中はいつものように授業。昼には「お。今日は明夫クンだね？」と真記に見破られ、かしこも笑っていた。午後にも授業があって…放課後。そう、いつものように時間が過ぎていく。
転校生もいつもの通り。一日経てば皆も慣れてきていたのか、休み時間に机に集まってくる生徒はほとんどいなかった。それでも何人か話をする相手もできたらしい。比較的クラスでもおとなしい、とされる男子生徒数人と何やら話をしている姿を未来も見ていた。
そして学校を出る。バス停に向かうために。ほとんどが帰宅部の生徒。その中には未来の他に啓児の姿もある。そう、ここまではいつもの下校風景だったのだ…。
「すみません」
坂の上に校門はある。そこを下ってしばらく歩くとバス停。その坂を下りきると片側一車線の道路に出る。
「…はい？」
未来に話しかけてきたのはひょろっとした、未来よりも年上だけど若い男。でもなんだか顔を見る気がしなくて、視線をそらす。
「今、何時でしょうか…？」
時間的にここを通るのは未来たち高校生くらい。地元の人ももちろん通るが（バス停もあるのだし）夕方よりやや遅くて夜よりかなり早いこの時間、通勤時のような人通りはない。
「えっと…」
腕時計を見るために左腕を顔の前まで上げる。…その瞬間、その左手首を掴まれた。
何が起きているのか未来には分からない。理解できない。
辺りを見回す…はるか向こうに同じ制服を着ている一団がいる。それしか見えない。他には…
「ね。ちょっと…お話しませんか…？」
ぐい、と強い力で引っ張られる。
「…あの」
「いいでしょう、ね？ お話、しましょうよ」
さらに強まる力。その力の向かう先に…黒いワンボックスカーが停まっているのが見える。まるで切り取られたように車も人も通っていない。あと10分、いや5分でも時間が違っていれば少しは人目もあっただろう。しかし今はその黒い車以外、何も見えない。
…狙われた…？
「やめ…」
目を閉じた未来だったが、急に腕が軽くなったのを感じて…目を開けた。腕に別の力が加わった、ような気もする。
…？
さっきの若い男が道路に横たわっている。いや、腕を押さえてもがき苦しんでいる。
「………」
目の前に、誰かいる…。
「甘い。甘すぎるな。…こっちのヒトってこんなものなのか…」
…七咲…くん…？
倒れている男の頭を、髪の毛ごとつかんで無理やり上半身を起こさせる。
「指って本当に便利だな。こんな風につかむこともできるなんて」
相手の男の顔は恐怖に引きつっている。啓児はどんな顔をしているのだろう…背中からでは、未来には見えない。でも怒ったりキレたりしているようにも思えない。いつもの、教室の一番後ろにいる転校生の顔なのではないだろうか。
「どうしよう、福田さん。こいつ…命を奪ってしまおうか？」
