「ほーい、ミライ起きてー…朝だよん」
…朝？
いつもとはなんだか明るさが違う。いつもの朝ならカーテン越しだからこんなに強い朝日が差し込んでくるはずもない。それがちょっと暑さを感じてしまうほどに顔を遠慮なしに照らしてくる…。
「…ディクシィ？」
「え？ どしたの？ なんでそんなに驚いてんの？ 昨日も会ったじゃない？」
驚いた、というより呆れた、という顔のディクシィ。部屋の中はたしかにベッドに入った時、そのままのように見える。ランプの位置も粗末なテーブルのある場所も。もっとも、そこまで正確には覚えていない。大体こんな感じだったかな…とかそういう程度。
さらに視線を巡らせてみると…ハリエルが大きくのびをしながらあくびを一つ。やはり簡易寝台だ。ぐるりと肩なんか回している。ふと、目が合った。
「うっす…」
「あ、うん…おはよ」
「さ、朝だよ。二人とも起きて。今日はお布団上げてって言われてるからね。それと…先にあたしとミライが着替えちゃうからハリエルは出てて。いい？ わかった？」
まだ完全に目が覚めていないのか、ハリエルはむにゃむにゃと口の中で何か転がして…のろのろと起き上がる。簡易寝台に立てかけてあった大剣を無造作に掴んで…もう一振りの剣に気づいてふらりと振り返りながら…部屋の外へと出て行った。
「よっし。んじゃあ…ミライも手伝ってくれる？ このお布団、床にまとめちゃうから」
朝は宿屋の食堂…一階にある広間…で朝食をとる。
ちょっとやっとかないといけねえこともあるからな、ともう目の覚めているハリエル。今日はこの朝早い時間にしては珍しく宿屋の食堂が混んでいる。だからカウンターに席をとることになる。
「…ガト？」
椅子の上、ではなくカウンターの上で丸まって眠り込んでいる。
「いつものことだあな」
「ネコだからね〜」
よいしょ、とディクシィがガトを持ち上げてそっと横へずらす。当猫はそれでも眠ったまま。これでカウンターに三人分の席が確保された。
「おー、起きたかハリエルにディクシィに…ミライ。今日もいつものでええんか？」
くるくるとカウンターの中（一部に踏み台代わりの木箱が置いてある）を動き回っているマリカ。ソケイも大きな体で食堂の中を走り回っている。忙しそうなのだ。
「ああ、頼むわ。それと…登録しておきてえんだ」
くい、とミライを親指で指す。にやっと笑うマリカ。
「そやな。その方がええやろ。…でも今ちょっと立て込んでるさかい、用紙を渡しとくから自分たちで書いといてもらえるか？ 分からんところは後でもええし。慣れとるあんたらやったら任しても大丈夫やろ？」
「うん。だいじょぶだよ。…あ、そうそうこんな紙だったっけ。なんか懐かしい」
「いつものはできたら運んだるからちょお待っとってや。忙しゅうてかなわんねや。…ほおい、炒めメシ二人前は誰やったかいな、自分らか？ ほら、お待ちどおさまや」
「…登録？」
何のことだろう…？
「あ。そんなに難しいもんじゃないの。一応マリカの宿に泊まってるって証明って言うかね。冒険者としてここにいるってことを示すって言うか…」
「十分難しそうじゃねえか」
呆れ顔のハリエル。
「名前とちょっとしたことをこれに書いて、あらかじめマリカに知らせておくんだ。何かあった時に動きやすくなるからな。例えば大ケガした時に色々連絡つけやすくなる、とかな。今までそんなことなかったけどよ」
「みんな最初はこれを書くんだよ。えっとね、まずは名前ね。それから…」
見せられたのは一枚の紙切れである。…一瞬、未来は目まいのような、不思議な感覚を覚えた。
ぱっと見た時には書いてある文字そのものに見覚えも何もない、博物館とか歴史の教科書とか、そういうところでしかお目にかかれないような…そんな文字が並んでいる、と思ったのだった。しかしそれはまるでミミズがのたうち回るようにぐねぐねっと動き…見慣れた日本語へと変化してしまったのだ。
改めて宿屋の食堂を見回してみる。これまで壁の模様か何かかと思っていたうちのいくつかは実は文字だった、ということが今は分かる。ほとんどは商品の宣伝ばかり。落書きのようなものも混じっている。…なぜ、初めてここへ来た時は気づかなかったのだろう…？
「住んでるとこは『マリカの宿屋』でいいの」
「…武器名？」
「あ、ミライはまだ武器ないもんね。明日にならないと手に入らないから、今は空白でいいんじゃない？」
