…明日？
たしか…武器屋のリョンカは『明後日』と言っていたような。あれから二日経っているはずだから今日なんじゃ…？
「え？ だって昨日、リョンカに言われたじゃない。『明後日にはできます』って」
「…そうだったっけ…」
「おいおい、しっかりしてくれよ。丸二日寝てた、とかそんなんでもねえだろうに」
困ったやつだな、という顔のハリエル。見た目はパンのような、ロールパンのような、やはりパンのようなものをかじっている（この匂いは間違いなくパンのものだとは思うのだけれど）。さっきマリカが忙しい中バスケットごと置いていったのだ。三人分にしてはかなり余裕がある…というほど入っている中の一つ。
「そ、そうだった…そうね、うん。明日、なのね」
…わたしが何か勘違いしてるんだ。
そう、思うことにする。
他にもいくつか用紙？に記入したのだが、よく分からない欄も多い。出身地という項目もあった。とりあえず未来は「あっち」の町の名前を書いておくことにした。ハリエルもディクシィも「それ、どこのこと？」とも何も言わなかったから、特に問題はないのだろう。
他に「クラス」という項目もあった。
「…クラス」
…学年…学級…。
「あ。それはなんか適当に書いておいてよ」
「適当って…」
「あたしは精霊使いにしたし、ハリエルは…何だっけ、けんしだっけ」
「人を歯みたいに言うな。俺は魔法剣士にしておいたんだ」
大きな壷のような、鍋のような。そんなものを引き寄せる。やはりマリカが置いていったもので、スープが入っているらしい。金属のおたまの取っ手が、ぴん、と立っている。匂いからするとオニオンスープかな…と未来は思ったのだが、ハリエルが自分のカップに、だーっと取り分ける時に見えたのは茶色がかった透明ではなく乳白色だった。違うスープなのかも知れない。
「何でもいいんだよ、何でも。何かが変わるってわけでもねえし。…ヤッシだったっけか。ほれ、あいつ何て書いてたっけ」
こっちで言うところの昨日会った長身の男性だろう。
「ああ。『限定解除スーパーハイパー大型大商人』でしょ。わけわかんなくてみんなどん引き。ミライも気をつけてね。あいつ、悪いやつじゃないんだけどすぐ何か売りつけようとするから」
…何にしたらいいんだろ。
学生かな、と最初は思ったのだけれど何か似合わない気がする。こっちの学校に行っているわけでもないし…そもそもこっちに学校があるのかどうか分からない。だったら学生、というのはやはり何か違う。
…なんとか剣士とかなんとか使いとか。
何も使えないのである。そもそも武器も何もないのだから…何ができるのかも分からない。
「書かなくてもいいかな？」
「何でもいいんだから。適当に書いておいてよ？」
…それが難しいんだけどな…。
ふと。この間読んだ本を思い出す。全然違う世界に放り込まれる話ではない。普通にアジアからヨーロッパへの旅行記だった。ある程度お金は持って行ったのだけど結局貧乏旅行になってしまって。それでも非常に豊かな旅路になっていて、それがうらやましいような…苦労も描かれているのだけどれどどこか笑えるような、妙な気持ちになってしまったのだった。
それにならったわけではないのだけど。心のどこかにちょっと残っていたからそこから使おうかな、と。
「旅人…」
カッコつけすぎかな、とかキザかな、とか思ったのだけれど…。
「いいんじゃない？ 悪くないよ」
「どんなんでもいいんだ、お前が気に入ったんならそれでいいさ」
反応が薄い。…もしかしたら本当はもっとヘンなのを書いた人がいたのかも知れない。ヤッシ以上に。
「…おう、起きたのかい。やっとだあね」
カウンターの上で大きくのび。
「それはこっちのセリフだよ、ガト」
ディクシィに言われてもどこ吹く風、といった顔で体のあちこちをなめ始めて…。
「なんだいなんだい、今日はえらく混んでるねえ。どっかでお祭りでもあるってのかい？」
「祭りなんざねえよ。時々これくらい混むじゃねえか」
「へ。時々じゃ、困らあね。毎日これくらいならここのメシも上等んなってくるってもんだ…おう、ミライ。おはようさん。…ははあ、あれを書かされてるね、結構結構」
器用に音もなくカウンターの上を歩いて（バスケットや壷？をよけながら）未来の前まで来て、紙をのぞきこむ。そして、にやり。
「こいつあ…へへ、いいじゃねえか。悪くねえよ。お前さんがそいつを気に入ってるってんならなおさらだ」
