「…それ、さっきあたしとハリエルが言った」
「そうかい。そいつあ悪かったね、失敬失敬」
ついさっき起きたばかりなのに、大きく口を開けてあくび。さらに前足で突っ張って大きく体を伸ばす。猫は自由きまま。カウンターの上はそんなに広くないからそんなことしたら食器や何かに触れて落ちそうなものだが…さすがに器用にそのすきま？を縫うように動いている。こういう時は二本足ではない。四足で、普通の猫と同じように歩く。
ハリエルの隣では大柄な男性が朝からジョッキ片手に大笑いしている。未来をはさむようにディクシィ、その隣では清楚なお嬢様のような、抜けるような肌の女性が静かに茶を飲んでいる。しかし誰もガトを追い払ったりしないし、ぞれどころか気にしている様子もない。無視しているわけではない。まるでここの情景の一部となっているかのように、自然にそこにいる。
なんとか記入が終わって紙をディクシィに渡す。他にもいくつか項目があったのだが、全部適当にしておいた。それでも問題ないらしいし。
「よし、っと。これでミライの分は完成ね。さ、食べよ？ これで三人前あるんだから…って、何先に食べて、ああああ、どんだけ食べてんのよお」
すでにパン、と思われる食品の入ったバスケットは半分ほどしかない。
「ひひゃ、ふぁってほふぁへらいひょがひほーはっはから。ほういうのひゃ、はひゃいほんはちはろ？」
「勝手に早いもん勝ちとかにしないでよ！ ったく…ミライも食べてった方がいいわよ、でないとこの大食らいに全部食われちゃうから。急いで？」
「う、うん…」
バスケットの中の、ひし形にしては角の丸いのを手にとる…やはりパンだ。小麦粉から作っているのかどうかは分からないが…。
…パンだよね、これやっぱり。
ちぎってみる。結構力がいる。固い。でもほんのりとあったかくて固いと言ってもちぎれないほどでもなく…外側がうす茶色に焼けていて中からは乳白色のざっくりした綿のように裂けて出てくる。…ちょっと、迷ったのだけど口に入れてみる。
「あ。美味し」
「でしょ？ 朝はやっぱりここのパンよね」
…やっぱりパンなんだ、これ。味もたしかにパンだけど。
「ソケイが毎朝焼いてるんだよ？ 他でも買えるけどさ、やっぱり焼きたてのが一番よねー…って、まーたこの男は勝手にどんどん食べちゃう！」
「いいだろ。ハラ減ってんだからよ」
今度は壷？のような鍋のようなアレである。未来の目の前でディクシィがハリエルからそれを強奪（狭いカウンターの上である。顔の真ん前をそれなりの大きさがある壷？が行き来するのはなかなか圧巻ではある）。そして、どん、とハリエルの手が届かない自分の横へ置いてしまう。
「…うわ、信じらんない。ほとんど飲んじゃったよ、このまほーけんし」
「だから人を歯みたいに言うな」
「ごめんね、ミライ。これだとあと一杯ずつと、ちょっとしかないみたい」
「わたしはそれでも大丈夫だけど…」
「じゃあ、残りは全部俺がもらうってことで」
「いいからお前はもう食うなあ！」
「やれやれ。毎朝のことながらせわしないねえ…」
いつの間にか自分用のミルクをもらってちびり、とやっているガトである。これもまた彼の朝のスタイルでもあるのだ。
朝食が終わる頃には、食堂の人も減っていく。ハリエルの隣に座っていた大柄な男性は仲間らしき連中（やはり大柄で三人横に並ぶと通路を通れなくなるほど）と外へ出て行った。漏れ聞こえてきた会話の端々からすると、これから別の食堂…多分酒場…に行ってまた飲むつもりらしい。
「朝まで仕事だったんだろ、あいつら」
「仕事？」
「職人によっちゃ、夜の方がやりやすい場合もあるんだ。夜の間はみんな外に出れねえからな。それに大きな音を立てた方がいいってのもあるしな」
「…夜の間は…外に出れない…？」
「そ。ミライもさ、夜中に起きても絶対外に出ちゃだめだからね？」
隣で茶を飲んでいた清楚な女性が、ちら、と笑顔で手を振る。ディクシィもそれに笑顔で返す。知り合いだったらしい。
「危ないからね。この町ではそうなってるの」
「大きな音立ててるとそうでもねえんだが…そうなるとみんな眠れなくなっちまうからな。そういう職人の仕事場は町の端っこにあるんだ」
…危ない…？
たしかに武器屋がある以上、そういうものを使う機会がある、ということになる。一体どんな場所で使うのだろう…という疑問は未来にもあった。ここ、ナンタイコウの町はあまりに平和に見えるからかえってそういう疑念は強かったのだ。
