…どん、ばん、…どん、ばん、…どん、ばん。
重く低い音。やがてそれが何の音なのか、未来ははっきりと見ることになる。
…何…してるんだろ。
そこでは二人の女性が大きな平たい石に何かを打ちつけている姿があった。たらいのように浅くて大きな桶に水を溜めて、板のようなものに何かをこすり付けている女性も何人かいる。よく見ると…それらは布なのである。
…破いてるわけじゃないよね。
叩きつけているのは大きめの布。が、よく見ないと布とは分からないかも知れない。ぐるぐると巻いたちょっと派手な色合いの、でも柔らかそうな…かたまり？ むしろふとんか何かにも見える。いずれにしても普通に生活していたらまずお目にかかれない。
小さめの布はたらいのような桶に立てかけた板にこすり付けている。細かいギザギザがいっぱいあって、触っても痛いほどではなさそうだが、それへ布をこすり付けるのは未来にとってなかなか勇気のいる行動に見える。しかし見ている限りでは…布を破くとかそういうのが目的ではなさそうだ。
ふ、と布を石へ叩きつけている一人が振り向いた。
「あ。ミライも来たの？」
ディクシィである。額の汗を拭うような仕草。実際はそれほど暑くはないのだが、それはこの情景に最も似合う仕草でもある。
「…洗濯？」
そう言えばそう聞いてここへ来たのだった。洗濯機なんかないのは分かっていたが、まさかこんな乱暴なやり方だったとは…。
「そ。あたしとリンチャが今日は叩き当番。明後日にはこっちのたらい当番と交代すんのね」
「ミライもやってみる？」
リンチャ、というのはここへ来た時にも会った、明るい笑顔の似合う小柄な少女である。それほど背の高くない未来より少しばかり背の低いディクシィ。それよりもさらに低いのがこのリンチャ。どことなく似た雰囲気を持っているのでディクシィの妹、と紹介しても不自然はないほど。
しかし先ほどまでの見事な「叩き」を見る限りそういった技能を持っているのかも知れない。
「いえ、わたしは…」
「やってみるやってみる。ディクシィ、ミライ借りるよ。すぐ返したげるけど」
「そんならあたしはコレ干してこよっかな。こっちはもういいっぽいから。…じゃ、また後でね、ミライ」
今まで叩き付けていた布を、ひょい、と担いで…小さな水路の方へ。すぐにじゃぶじゃぶという音がし始めたから、その布を洗っている、ということは分かるのだが…。
「んし。んじゃ、これをね、持ってみよー」
未来の目の前には山盛りになった一抱えほどの布。…よく見ればそれらはほとんどがベッドのシーツ。あるいはやや大きめのタオルとか手ぬぐいとかそういった布類。しかしその量が。
「これを…？」
「そう。コレ」
リンチャはこともなげに言い切ると…手際よく半分くらいを一定の量をまとめてしまう。ぐるぐると一本に巻き込んでしまうようなまとめ方で、まるでこん棒を作り上げているようにも見える。
「どしたの？ さ、やってみるやってみる。そんなに難しくないよー？」
まとめ上げた一本を平たい石の上に置く。近くにある樽の中からひしゃくで何かを撒く。布全体がひたひたに濡れるほどたっぷりと。それは軽く鼻をくすぐる液体。いい匂いではないが、悪くもない。どうもただの水ではないらしいのだが、何かは分からない。
未来もまねしてその横へなんとかまとめ上げた一本を。やはりひしゃくからどばー、と。ちょっと持ってみて…それほど重くはないなあ、見ためだけかな、とも思う。
「んっし。んじゃあねー…ここへぶつけちゃってよん！ 思いっきりい！」
ばんっ！
水か何かがしぶきとなって飛び散る。くるりと手を返しながら布も返す。さらに何度か叩き付けるとまたひしゃくであの液体を布へ撒く。そして…
どんっ！
「これをね、繰り返す…だけっ！ しばらくしたら、ディクシィみたいに…あっちですすぐのっ！ 簡単っしょ？」
どんっ！ …どす。
ばんっ！ …ぼん。
…あああ、なんか音が違う…。
そもそも体の動かし方自体が違う、ということに未来も気づいた。リンチャはきれいに背負うように打ち降ろし、軽くひっくり返しながら背負い直してまたやはりきれいに打ち降ろしている。柔道の背負い投げのようでもある。中学の時に形だけではあったがそういう授業があって、黒帯の先生がお手本として見せてくれたのがこんな感じだった…と思う。よくは覚えていないのだが、こんな風に流れるように投げていた…と思う。
自分がそんな風に動いているとは到底思えない。音からして情けない。
「大丈夫、大丈夫、うまくやってるよ」
「最初はみんなそんなもんだ、気にしない気にしない」
いつの間にかたらい当番の連中がこっちを見ながら声をかけてくれている。
