それだけ皆「新人」の未来のことを知っている、ということでもある。ここへ来た時に未来が挨拶したのはほんの一部だった、ということでもある。
「もうちょい腰を入れてみ？」
「ううん、いいよいいよ。なかなかうまいじゃない？ あんたの時とは大違いだね、こりゃ」
「はぁ？ 何言ってんの、あんたなんかすぐにへろへろってなってたじゃない、へろへろーってさ」
「どんな記憶してんのよ、そりゃあんたの話でしょ。へろへろ、へろへろ、へっろへろ、って。見れたもんじゃなかったじゃない」
…いや、もう、すでに、わたしがへろへろのへろへろなんですけど。
意外と布の塊というのは重いものなのである。中身が普通の洗濯物ではないせいもある。一枚一枚が本来は非常にかさばるのだ。乾いた状態ならそうでもなくても、水を吸うと重みを増して、振り上げるにもかなりの力が必要になる。
「よっしゃ。こんなもんかな。頑張った頑張った」
リンチャがそう宣言してくれたのは何回叩き付けた後だったろうか。未来はそこまで覚えていない。何しろ洗濯物は一回で終わるほど少なくはない。恐らく宿屋全部のシーツやら何やらがここにある。
「後はこれをそこの水路ですすいで…ありあり？ ちょっち無理無理？」
「えへへ…」
我ながら情けないとは思いつつも、そんなへろへろな笑顔しか出てこない。
「最初はこんなもんかな。じゃあ、後はあたしがやっとくからさ、ディクシィの手伝いに行ってあげてよ。こっちの作業はこれで終わりだからさ」
…うわあ…。
中庭から建物へと回り込む。足取りが…重い。特に肘の辺りが痛い。ひねったような痛み、と言うかこれは本当に無理に力が入ってたせいなのか、それとも本当に肘を痛めてしまったのか。肘を引っくり返して何度も見てみる。アザになってるわけでもなく赤く腫れているわけでもない。でも痛い。肘の中が痛い。
…うげ。
腰も、なんだかおかしい…。歩くために足を上げるとどこか違和感がある。重い。なんだか重い。そこらの壁に肩からよりかかって、思わず腰を押さえてしまう。
…なっさけないなあ…。
家で洗濯、と言えば色落ちしそうな柄物とそうでないものを分けて洗濯機に放り込んで…スイッチを押すだけ。後は待っていればいい。乾燥まで全自動でやってくれるから空いた時間は他のことに使える。
宿屋の中庭への出入り口に辿り着くと…マリカが何か粗そうな布地の袋を二つ、肩に担いで出てくるところだった。一つがマリカより一回り小さいくらい…というのは大げさだろうか。それでも何でもないような、平然としたいつもの顔。
「お、もう終わりかいな。…いやまだディクシィが干しとったな、あれの手伝いせい、ってリンチャに言われたんか？」
「ええ…まあ…」
「それやったら早う行ってやった方がええな。あの子は干すのがあんまり得意やないさかい…って、うん？」
袋を担いだまま、未来の頭からつま先まで、ずずいっと。
「はっはーん…やっぱりこたえたみたいやな。それもかなりこたえとるな。ま、しゃーないわな。初めはみんなそんなもんや。そのうち慣れてきたらそんなんヘでもなくなるさかい」
…そんな簡単に慣れるもんかなあ…。
「ゆっくりでええから二階に上がってや。ええか、ゆっくりでええからな？ 無理したらあかんで。そしてな、もし動けるようやったらあの子を手伝ってんか。また洗濯し直すよりゃ、そっちの方がマシ、やろ？」
「え。また洗濯しないといけないんですか…」
「そやない。あの子はどうせ干す時に落すさかいな、そうなったらまた洗濯し直さんといかんやろ？ そういうこっちゃ。まあ、とにかく急がんでええから行ってやってな」
「はあ…そうします…」
…二階かあ…まあ、階段のぼるくらいどうってことないでしょ…。
地獄でした。
最初の一歩はもちろん問題なかった。三歩目くらいからまず膝が悲鳴を上げ始め…五歩目でふとももが言うことを聞かなくなってきた。階段は全部で二十段ほどもあるだろうか。最終的に未来は手を使って這い上がるような格好になってしまった。
「…あ、ミライ？ どしたの？」
「なん、でも、ない…」
立ち上がるには立ち上がったのだが、壁に手をつかないとまともに歩けない。これから今度はあの階段をおりないといけないのか…とか考えただけで憂鬱になってくる。だから顔がどこかこわばっているのは仕方ない。
「そっか洗濯終わったんだ？」
「…まあ…」
「ねねね、聞いて聞いて？ あたしね、シーツきちんと干せたんだよー？ すごいっしょ、一体どれくらいぶりだか分からないよ？」
…そう言えばここ来た時も落してたっけ…。
