客はしゃがみこんでいるヤッシと、彼の荷物も押し付けられたハリエルだけ。なお、あまりにも荷物が多いので全部そこらに置いてしまって、勝手にゴザの上に腰を下ろして一息ついている。だからハリエルの周りにはたくさんの紙袋や布袋が放置されているような状態。
「ふむ…？ 他には？」
するとまた箱を探る。箱、と言ってもかなり頑丈そうな木箱。それがいくつか雑然と並んでいる。どこに何が入っているのか、そういうところまできちんと把握している。何回か来たことのある客ならどんなものが欲しいのか分かっていて、大抵の場合は皆満足して帰るのだ…という話。もちろん誰も確認したことのない噂話でもある。
そんな謎？の女性がその細くて白い手に乗せて出してきたのは…小さな金属の塊。
「クギ…か？」
ハリエルも身を乗り出してのぞきこんで見る。
「なんだこりゃ？」
すると女性は紙切れを手元に引き寄せて、ペンで何やら書き始めた。言葉をしゃべれないかしゃべってはいけないのか、そこら辺の事情は詳しくは二人にも誰にも分からない。ただ分かるのは…ナンタイコウの人間ではない、ということくらい。身にまとう雰囲気が明らかに違うからだ。恐らくは船でどこかから来たのだろう、と。そういった商人もここでは少なくはない。
「ねじ？ 何だそれは？」
そう言えばこの町ではねじを使っている様子がない。クギやかすがいはあちこちで見かけるが、例えば金属の板同士を組み合わせている製品を見ることはまずない。そもそもねじを回すドライバーはあるのだろうか？
もしここに未来がいれば何の疑問もなく納得しているはず。見た目にも何の変哲もない、ただのネジなのだから。ただし、彼女が見慣れているような小指の先に隠れてしまうようなかわいらしいものではない。太さはそれこそ小指ほどもある。長さはそれほど長いものではなく、小指で言えば爪ほど。しかし規則正しく刻み込まれた螺旋模様と言い、＋形に彫られた頭と言い、黄色から銀色へと見る角度によって変化しながらも保たれている金属的な光沢は…やはり、ねじ。
「何だ？ クギじゃないのか？ たしかにクギにしちゃあ、太すぎるな。打ち込めねえぜ」
「たしかに。何に使うのだ？ ねじ、とは？」
すると女性は軽く目を閉じて…小さく首を横に振る。知らないのだろうか？ 顔の下半分が隠れているのでどんな表情かは分からない。
「妙な紋様があるな。これは？」
頭の＋のことだろう。しかしやはり首を横に振るだけ。
「そうか…まあいいか。いくらだ？」
指を三本。
「銅貨三枚か？」
うなずく。
「よし。買った。他には何かないか…？」
こういった『石屋』は他にもある。しかし最近出店してきたこの『石屋』で手に入るのは他にはなかなかない珍品ばかり。が、一般の普通に生活している人たちにとっては意味不明の品物も多く、露店という性質上店の場所もはっきりしない。そこでヤッシのような物好き連中にとってはちょっとした聖地のようになっている。見つけられれば本当にラッキー。見つからない時はあきらめる。でも見つかれば珍品が手に入る。それも相当に安い値段。
ヤッシはその後もいくつか買い物をして…満足そうに立ち上がる。
「ふう…今日もすまんな」
女性は座ったまま軽く一礼。
「また寄らせてもらう。…行こうか、ハリエル」
「んあ、終わったか…ああ、いかんいかん、ちょっと居眠りしちまった。…じゃ、またな」
客二人を見送って、しかし、やはりその表情は読めない女店主だった。
「他に何買ったんだよ。俺はちっと寝ちまってたから見てないんだ」
「ん？ いい材料が手に入ったのだ。うむ、これならいいのができそうだ」
「また変なもん作って売りつけてくんなよ。マリカだってうるせえだろうしよ」
「まあな」
言いながらどこかにやにやしているようにも見える。
「…ふうむ…これはあいつに売って…これとこれを合わせれば…いや、待てよ…」
荷物を背負って担ぎながらぶつぶつと。
「頼むから前だけは見てくれよ。またこないだみたいに誰かとぶつかってケンカ、とか俺はいやだからな」
ヤッシには特技がある。武器を作ることができるのだ。いや…武器を作ることを特技、と言うのはやや違うかも知れない。
一定の設備と知識。そして材料。
それだけ揃えることができれば誰でも武器を作ることはできる。しかしただ作ればいい、というものでもない。
このナンタイコウにはリョンカの武器屋があって、これは町唯一のもの。しかし彼にだけ武器を作ることが許されているわけではない。他にも何人かそういった職人が存在しているということでもある。が、彼らが看板を掲げて『武器屋』を名乗ることはまずない。それだけリョンカの目と腕と能力が優れているということでもあり…例えそんなことしても誰も客など来ない、ということを知っているからでもある。
