そんなわけで未来は啓児と帰る、ということになってしまった。
なってしまった、と言うよりならされてしまった、と言うべきかも知れない。トーダもそれ以上何かを口に出したわけではない。帰りのホームルームは通常の連絡事項へと戻っていったのだった。しかしそんな空気がクラス中に流れてしまったことには違いない。
かしこはホームルームが終わるとささっと文芸部の部室へ向かってしまった。色々とやることがあるのだそうだ。真記は何かあれこれ考えているような顔でカバンの中へ教科書やノートをしまったり、出したりを繰り返していたのだが…。
「んじゃ、みき、気をつけてね」
隣のクラスの映研会員が迎え？に来たのでやはり部室へ向かってしまう。やけに熱っぽく語っていたのが一人。一年生なのに映研の副会長になった、という奇特？な生徒。これまで何も活動らしい活動をしていなかったから、これを機会に何か一つ大きなことでもやろう…という風に語っていた。ただし、何をやるかは決まってないらしい。それをこれから決めるんだ、とやはり熱く語っていたが…多分無理だろう。これまで長いことそんな状態だったのにいきなり変われるとは思えない。
ふと、見回すと…クラスで残っているのは未来と他数人になってしまっていた。太陽が落ちてきていて、影の灰色が少し強い教室の中。
他の数人はこれから部活へ行くのだろう。支度にちょっと手間取っているらしい。…啓児は？
…帰っちゃったのかな。
たしかに未来ほどに啓児は注目されていない。誰にも気づかれなかったのだろうか…。
…仕方ない。私も帰ろ。
何か言われるかも知れないけれど。それも…仕方ない。
一階の生徒出入り口へ。一年生の教室は一階にある。一年生は授業で何かやる時くらいしか二階以上に上がることはない。各部活の部室は体育系も文科系もほとんどが入っている「部室棟」と呼ばれる建物が別にあるので、皆、そっちへ向かう。
この時間帯はかなりの数の生徒が出入りするから結構混んでいる。朝方だとそれこそ朝練する部活もあって登校時間に差ができるから、よほどのことがないとここまでは混まない。だからテスト期間とか原則部活動禁止になると生徒全員が一度に出入りすることになるから、人でごった返すことになる（それでもさすがに行列ができるほどではないけれど）。
帰りの時間帯は部室棟へ向かう連中に普通に帰る帰宅部、それぞれが入り混じる。すでに部活のユニフォームに着替えているのから、何かの道具を抱えたのから。もちろん未来のように制服のままの生徒いる。
「あ」
自分の下駄箱から外履きを引っ張り出して。上履きを中へしまったところでこっちへの視線に気づいた。
「…うん」
下駄箱は外からあいうえお順になっている。未来は大体真ん中くらいにある。しかし転校生だった啓児は問答無用で一番最後、つまり最も手前の下駄箱になってしまっている。しかし啓児はすでに外履きに履き替えてしまっていて、出入り口の柱へよりかかるように待っていた。外履きを履こう、と視線を落とした未来が、ふと、顔を上げたところで目が合った形ではある。
前にも一度一緒に帰ったことはある、あるだけれど。
…何話したらいいのかなあ…。
それほど速くはない足の速さ。啓児は未来の前をそうやって歩いている。校舎の中とは違って外はまだまだ太陽の光は健在そのもの。落ちてきている、とは言えまだ柔らかい日差しは坂道の通学路を下っていく生徒達を照らしている。
…何、話したらいいかなあ…。
啓児はカバンを肩に引っ掛けるように担いで、両手はポケットの中へ。…背の高さは未来とそれほど変わらないようにも見える。本当は真記よりも低いんじゃないだろうか…と。でも実際は彼の方が背は高い。
坂道を下りるとバス停まであと少し。
そこで啓児は前を向きながらこんなことを言ってきたのだった。
「福田さん。…キュリオス、知ってるよね？ 知ってるんだよね？」
