前にも、聞いたような気がする。
「きゅり…おす？」
「うん。キュリオス」
こちらを振り向くことはない。
「好奇心、とか、そういうの？」
「意味としては」
たしかに。
「…そのきゅりおすがどうかしたの？」
英語の宿題とかあったっけ。
「福田さんなら知ってると思ったんだ」
「英単語ってこと？」
「いや、そうじゃない」
初めてこっちを振り向いた。やや速度を落として後ろ向きに器用に歩く。
その顔はいつものそっけない表情とは少し違う。
未来もあまり表情が顔に出ない、と言われるが啓児のそれはまた違う。どんな顔をしていいか分からない、という表情。本当はこんなことを言いたいのではないか、あんな風に対応したいのではないか…と思わせることもある。だから真記のようにストレートに感情を表現できる者からからすると味気ない、そっけない表情をしている、ということになるのだろう（未来の場合はあまり表情を出さないだけ、ということを真記はよく知っている）。
そんな啓児の顔が…今は赤みが差して少しふくらんでいる。今にも泣きそうな、でも怒り出しそうな。いや笑い出しそうな表情。
…緊張してるのかな。
キュリオス、そんな単語一つ言うだけで、そんなバカな。
「ちょっと、分からないかな」
正直なところではある。
すると、ふう、と大きく息を吐いて前を向く。そしてさらに速度を落とした。未来の横に並ぶように。同年代の男の子とこんな風に歩いたことは…小学校くらいから、ない。でも別にどうとも思わない。こんなものかな、と。
「じゃあ、まだ第一段階には至ってないんだ」
「…？」
「あ。それもまだなんだ。…でも、コレはあるでしょ？ 身近に」
合わせた両手の人差し指の先を真横一文字に広げる。そして今度は真下に。そしてそして再び指先を合わせて見せる。
「四角形？」
「なんだっけ、ええと…そうだ、本、本だ。そういう本はあるでしょ？ 身近に？」
「表紙にね、書いてあるはずなんだ。『キュリオス』ってね」
真っ先に頭に浮かんだのは例のあの本だった。でも…
「それっぽいのはあるけど…そんな題名だったかな…」
なんて書いてあるのか読めないのだから。
「そっか…あるにはあるんだ。でもまだってことだね。そのうち読めるようになるはず。そうでないと意味がないからね」
意味…？
「でも、なんでそんなこと私に聞くの？ キュリオスとか」
「うん？ そりゃあ、僕もキュリオスの力でここに来ているんだ」
太陽の光は啓児を横から照らしている。もう夕方の淡い橙色。どんな顔をしているか分からないほどではない。でもその表情はいつもの啓児とは違って見えた。しっかりと、しっかりと自分の意思を表に出している。本当に自分が思ったことを口に出している。
そんなに長い付き合いではもちろんない。でもちょっとした驚き。こんな自信ありそうな顔もできるんだ…。
「そしてね。君もキュリオスの力で別の世界に行っているんじゃないかって。僕、こう見えても勘は鋭いんだ」
