やはり何を言っているのか、ちょっと分からない。
「勘って…」
「そういうものなんだ。うん、そういうものなんだ。あ、そろそろバスが来るね。さ、並ぼうよ？」
いつの間にかバス停近くにまで来ている。帰宅部の学生が他にも何人か待っている、小さなバス停。鉄の棒に停留所を示す丸い鉄の板が打ち付けられている、それだけでベンチも何もない。鉄の棒には時刻表の貼られてある板がくくりつけてある。これだけは年に一度くらい取り替えられるので新しいものだが、鉄の棒にしろ鉄の板にしろあちこちが錆びて茶色く侵食されたようになっている。かろうじてバス停の名前『高校前』とバス会社のマークが読み取れるくらい。
それでも、ここから駅までバスを利用するのは未来たち高校生くらいのもの。だからこんなものでも問題はないのだろう。これでも朝は登校する高校生でごった返す場所でもある。放課後は皆が帰る時間帯がどうしてもばらばらになってしまう。最も早い時間に利用するのは帰宅部連中ということになるだろう。
未来が列に並ぶと、啓児もその後ろに並んだ。
…どうしようかな。
キュリオス。何のことだろ…。
定刻通りにバスが来る。皆、そこへ吸い込まれていく。他に乗客がいることはほとんどない。だからおのおのが好きな座席に座る。
少し、迷ったのだが…未来は二人がけの座席、奥、つまり窓側に座った。
しかし啓児はその席の通路をはさんだ反対側、そっちの二人がけの席の、通路側に腰を下ろしてしまう。どういう意図があるのか、ちょっと読みづらい。
仕方なく未来は通路側に座り直してみたりする。それを見ているのか、見ていないのか、気にしているのかいないのか、その辺までもよく分からない。
「………」
「…………」
そんなに長くバスが走るわけもない。しかし何を話したらよいものやら。
啓児がここへ座ってきた、ということは何か話がある、ということなんじゃないのかな…といくら未来だってそんなことを考えたりもする。転校生にありがちな質問はすでに受けてしまっているだろう。じゃあ、わたしは何を尋ねたり話したりしたらいいんだろう…？
「あの、七咲君…」
「何？」
ちらり、とこちらを見る。
「キュリオス、なんだけど…」
「うん」
「一体、何のことなの？ こことか別の世界とか…何のことなの？」
少し考えているようにも見える。視線をわずかに落として左人差し指の腹で、軽く鼻をいじるような、そんな仕草。
「キュリオスは…キュリオスなんだ」
え。
「そのままの意味だと思う。『好奇心』で合ってると思う」
正確には英語では「curious」ではなく「curiosity」が『好奇心』という意味になる。「curious」だと『好奇心をそそる』とかそういう意味になる。しかし彼が言いたいのはそういう語学上の定義ではない。
「誰にでもあるものなんだ。それを掘り起こして新しい世界を作り出す。そういうことなんだ…」
じっ…と未来の顔をのぞきこんでくる。その目は真剣そのもので、ウソを言っているようには思えない。もっとも、そういう器用なことができるようにも見えない。
「……」
未来は未来でやっぱりよく分かっていない。…誰にでもあるって…何のこと…？
「バン・ハンドル」
「ば…」
…今度は…何？
「バン・ハンドル。僕がいた世界。今はこっちにいるけど、本来いるべき世界」
…世界に名前なんかついてるものなのかしら…？ 今、わたしがいる世界の名前って…？
「…本来いるべき世界…」
「そう。今はちょっと事情があってあっちとこっちを行き来してる」
「じゃ、じゃあ、夜寝ると…」
「夜、ねると…？」
「…その、あっち、ば、ばん何とかに行けるの？ 七咲君は？」
少し、考えていた啓児だったが。
「いや、僕がバン・ハンドルからこっちに来るにはちょっと特殊な条件が必要なんだ。福田さんはいつもはそうやってあっちに行ってるの？」
