「えー…そんな無責任な」
「なんだそりゃ」
たしかに組成が特殊なものだから、そういうこともあるかも知れないのだが…。
「全然分かってねえ、ってことじゃねえんだろ？」
「確認できるものもございます。しかし確実性に欠けるのでございます」
…どういうことなんだろ…。
「一体全体どういうことなんだい、そいつは」
未来の足元で背中をかきながら…後ろ足ではなくなぜか前足を脇？の下からぐるりと回して…さすがのガトも不審に思ったらしい。
「まずは…そうでございますね、一度使ってみて頂きましょうか。ミライさん、こちらへ」
武器を手にしたまま、手招きされる。ハリエルがクロヒメを試した時と同じような立ち位置。よく見ると足元に「×」…「ばってん印」が描いてあったりする。ここへ立て、ということなのだろう。さらによく見てみると前の床にも後ろの床にも「×」は存在している。武器を使うことによる効果の、範囲によるものなのかも知れない。
…てことは…これも火とか出るのかな…。
「あ。リョンカ。そう言えばそれ、何て言う短剣なの？」
「そうでございます。失念しておりました。…そう、これは…はい、シノノメでございます」
シノノメ。
やはりどこかで聞いたことがある。未来は即座にそう思ってしまった。
ハリエルの大剣クレナイに細身のクロヒメ。ディクシィのグローブ、シシテマリにハナマツリ。そう、どこで聞いたのだろう？ 少なくともこっちではない。元の世界「あっち」で聞いたのに間違いはないのだが…一体いつ、どこで聞いたのか思い出せない。
「ミライさん…？」
喉の、すぐここまで出かかっているような、実はそうでもないような感覚。しかし、そもそも何のどんな名称か…それすらも覚えていないのだ。
…何だったっけ、どっかで、あれ、何だったっけ…。
「ミライ？ ミーラーイってば？」
「どしたんだ？」
あ。
「あれ、わたし…」
「何ぼおっとしてんだ？」
しょうがねえやつだな、という顔のハリエル。
「うん。ごめん。なんでもない」
何かあるのだろう、とは思う。しかし今は何も分からないのだ。…今、気にしても仕方ないよね。
「よろしいですか。もう大丈夫ですか？」
「はい。だいじょうぶ…です」
うん。だいじょぶ。
「では…まずはシノノメを真っ直ぐ前に構えてみてくだされ。左様でございます。真っ直ぐ、前に」
もちろんこんな短剣など握ったこともない。リョンカに言われたまま、握った右手を前に突き出す。体は左を向いてしまうけど顔だけは前に。
「左手の方がやりやすうございますか？」
「いえ。こっちでだいじょぶです」
右利きではある。
「左手は…そうですな、力を抜いて、軽く、軽く。左様でございます。それでは…」
ふう、と息を吐く。つられるように未来も息を吐く。
「シノノメに心を委ねるように。己は何も考えないように。でも意識のどこかにはこれから起こる出来事を残すように…」
…なんだか難しそうなんですけど。
そうは思ったのだが、左手の力を抜くのと同時に短剣を握っている右手も力を抜いてみた。力を抜く、と言っても握る力を落としたわけではない。肩の力を抜いてみる…と言った方がいい。リョンカの『軽く、軽く』を体全体で表してみた、ようなもの。
すると。シノノメ全体が白い光に包まれていく…。
「お。やるじゃないミライ」
「たしかに早いな。俺のクレナイの時は一日かかったってのに」
「それだけシノノメがミライに合ってるってこったね。よう、ミライ、その調子だあね」
白い光はゆったりとシノノメを包み込んでいる。
それはまるで（こういう表現が適当かどうかは今ひとつ、だが）炊き立てのご飯から立ちあがる湯気のようにも見える。もちろんそれらは立ちのぼるだけ立ちのぼって消えてしまうわけではなく、シノノメの肉厚な刃にまとわりついて離れようとはしない。
