「第一段階は楽にクリア、ということですな。素晴らしい」
満足そうに何度もうなずいて見せるリョンカ。
「…第一段階？」
「はは。武器と持ち主の相性が良好であればそれほど難しいことではありません。…ハリエルさんはかなり珍しいケースだった、ということでございますよ」
「そりゃあ、あれだ、ハラ減ってたからよ、あの時」
「そお？ 逆に食べすぎだったんじゃないの？」
「うっせ」
「それではお次は」
軽く咳払いする。
「短剣の先…左様でございます、伸ばした手の先…そこへ意識を集中して頂きます。武器の声のままに」
「はあ…」
…どういうことだろ？
「第一段階をクリアいたしますると、変化…私は『精神の変化』と呼んでおりますが、武器と使用者に一種の『繋がり』ができるのでございます。そうなりますと、武器からの『声』が耳へと届きやすくなるのでございますよ。…ああ、『声』といっても何かのおしゃべりが聞こえるわけではありません」
「言葉じゃねえんだ。えっとな、そのな」
頬を指先で軽くかいたりしてみせる…。
「あれだ、なんかがぼわっと響いてくるんだ。そ、ぼうんってな」
「ぼ、ぼわ、ぼうん…？」
何だかよく分からない。
すると。ディクシィが両手を肩の辺りにまで上げて、皮肉っぽい笑みで首を横に振ってみせる。…なんかの映画でこんなシーンあったなあ、とか未来は思ってしまう。
「ああ。もう…こういう時は相変わらずダメダメってやつねえ」
「何だよ。お前ならうまく説明できるってのかよ、あの妙にぶわっとした感覚？」
「あたしを何だと思ってるの？ 精霊様のお力を借りることができるのよ？ お力を借りるってことは精霊様とコンタクトしないといけないんだから。そこらの呼吸は武器と同じってもんね」
「…何だい、珍しく張り切ってるねえ」
「珍しいは余計だよ、ガト」
上着のポケットからグローブを取り出して、両手へとはめる。ふふ、ふふふ、と笑みを続ける。微妙な方向へ気合が入ってるように見えるのは…気のせいだろうか…？
シシテマリとハナマツリを装備したまま、未来の横へと並ぶ。そしてやはり同じように片手を前に突き出してみせるが、こちらは左手。
「ハナマツリ。こっちの方が分かりやすいからね。…リョンカ、少し離れてて？」
「かしこまりました」
胸に手をあてて、やはり丁寧な一礼をすると…すすっと流れるようにハリエルとガトの方へ行ってしまう。
「あたしたち精霊使いは『対話』って呼んだりするの。精霊様も武器も何かしらの声なき声を発してるものなの。それを丁寧に汲み取ってあげれば…」
ぼうっ…と左手が黄色い光を放ったような、そんな気がする。ここが外ほど明るくないからそう見えただけかも知れない。しかもその光はぐるりとディクシィの体全体を覆った、そんな風にも見えた。
「…スピードレイズ」
その瞬間、ディクシィの小柄な体が消えた。少なくとも未来の目にはそうとしか見えなかった。でもよく見ると彼女はそこにいる。でもそこにはいない。幻想的な絵画を見ているような、と言ったら大げさだろうか。そこにいるだろう、と思っていたらそこにはいない。
「…まだいくよ？」
いつの間にか、未来の後ろにいる。空気に流されているような声が背中からまとわりついてきて…
「…地の精霊ダリオスと火の精霊ファリアイに願い奉る。御身らの恩恵をこの身に現されたし…地走り！」
「おいおい。武器と精霊のダブルかよ」
「ふむ…これはたしかにディクシィ様にしかできぬことではありますな」
「そりゃそうだねえ。しかも同じ効果をダブルだ。効果的な重ねがけってやつだあね」
ふわあ、と大きくあくび。
「まあ、ミライにゃそこまで必要ねえけどな」
何かが未来の周囲を風を巻いてぐるりぐるりと駆け巡っている、ということは分かる。そして多分それは何かで強化されたディクシィだろう、ということも。姿が完全に見えないわけではない。ただ、そこにいるはず…と思っていたらそこにはいない。予想とか想像からは大きく外れている。そしてそれは前に見たあの光景を思い出させる。あの時よりはずいぶんと速いのだけれど。
…あ、あれかな。来た時に見た、あれ…。
ディクシィの足を速くした、あれ。たしか…
「地獄の筋肉痛？」
「ちがーう！」
両足を揃えて急ブレーキ…としか見えなかった。何かを軽く払いのけるような動作をしてようやくディクシィが姿を見せた。
「詠唱ありだからそんなのないって。いきなりやるとそんなことになるんだけど…そうじゃなくて」
がしっと未来の左手をつかむ。
「『対話』ができるとこういうこともできる、ってことなの。ミライもやってみよ？ シノノメを構えて、そう、そして…目、閉じた方がいいかも」
言われた通りに目を閉じる。そして。
「右手のね、シノノメに話しかけてみて？ 口に出すわけじゃなくて、言葉にするわけじゃなくて。ただ、思うだけ。最初だから…挨拶でもいいの。『こんにちは、お元気？』とかそんな思いをシノノメに向かって心の中に浮かべてみて？」
