やっぱり何を言ってるのか、意味が分からない。
だけど言われた通りに右手の大きな短剣に意識を集中しながら…心の中でそっとつぶやいてみる。
『こんにちは、お元気？』
ぽん、と軽い音がしたような気がした。やはり、心の中で。
『わたしはミライ。あなたが…シノノメ…？』
ぽぽん、ぽぽん、何か軽い音が…したようなしないような？ 聞き違い？ でもそれにしては…あまりにもはっきりと聞こえすぎる。
うっすらと目を開けてみる。
「いいね、その調子！」
とやけにハイテンションなディクシィと…そしてさっきよりも大量の白い光に包まれた右手のシノノメ。さらにその光は自分の体を包み込み始めている。…なんじゃこりゃ。
「えっと、えっと…」
「そろそろ浮かんでこない？ シノノメはもう応えてくれてるはずだよ？ さ、心の中に浮かんだそれを口に出してみて？」
そうなのだ。さっきから心の中に何かの『コトバ』が浮かんできている。それはただの単語なのだがその意味しか伝わってきていない。が、やがて具体的な単語としてもやもやから形作られていく…。
「す…」
「す？」
「す、す…」
「すー…？」
「すぴーどれいず」
それがディクシィがさっき発した言葉と全く同じだ、と認識するまで少し時間がかかった。
でも目の前の景色はがらりと変わったのだ。
まず周囲のもの全てが少し暗くなったような気がする。元々薄暗い地下室なのだが、さらに輪をかけたように、色を失くしてしまったように薄暗い。
そして…声。ハリエルが何か言っているのは分かる。ディクシィも。でもそれは全部くぐもってしまって、聞き取りにくい。プールに潜った時みたいだ、とぼんやりと未来は思ったりもする。そう、ハリエルもディクシィも動いているのだがそれが極端に遅い。DVDのコマ送りやスロー再生…に、たしかに近いような。
それにしては遅さが一定ではない。DVDならこんな風に時々コマ送り、時々スロー（しかも速度も変わる）ことなどないだろう。
「…ま…あ…も…」
ディクシィが真剣な顔で何かを言う。その直後…一切が白黒に近いような薄暗い世界だったのに、一点だけ普通に色が着いた何かが生まれ出でた。
「スピードレイズ！」
ディクシィの指だ、と気づくと後は早い。彼女は指先から頭のてっぺんからこの薄暗がりの世界に色をもって出現したのだ。
「大丈夫？」
「あー、うん、なんとか、なんとか」
半分くらい呆然としていただけだったから、大丈夫も何もないのである。
「びっくりしちゃった。シノノメってスピードレイズが使えるんだ」
「そ、そうなのかな…なんか、違うかも」
「どういうこと？」
「えっとね」
右手のシノノメをじっと見てみる。
「なんて言ったらいいかな…」
「とにかく一回ここを出ようか？ 解除の方法はね、一回武器と心の繋がりを切っちゃうの」
軽く右手を振り払うようなしぐさ。さっきやっていたアレである。
「そうでないと容量全部使い切っちゃうまで続くからね。かるーく、軽くでいいから切ってみてよ？」
軽く、と言われてもなあ…とは思うのだがやってみないと分からない。
やはり目を閉じて『切る』をイメージしてみる。左手で、そう、手を大きく振り下ろすイメージ。…すると耳に音が流れ込んできた。聞き慣れていた音。そして目の前にもさっきまで見ていた光景が戻ってくる。
「…い、おいミライ大丈夫か？ ガト、なんとかできねえのかよ？」
「やいやいうるせえなあ。さっきディクシィが同じようにスピードレイズかけてただろ？ 同速なら話もしやすいって…ほれ、もう戻ってきてらあ」
改めて自分の左手と、右手の大ぶりの短剣を見てみる。
…さっきの…わたしが…？
「お帰り。どうだった？ 少し速く動ける世界は？」
先に解除していたディクシィが、にやっと笑ってみせる。
「なんて言うか…すごかった」
正直なとこである。
「最初はそう思うもんなのよねえ…慣れたらどうってことないんだけどね」
