もう少し、もうしばらくこの海を見下ろす場所にいたかった未来だが…ここまで来たのはそれが目的ではない。
崖から離れていくに従って小さくなっていく波の音。
「また来ればいいやね」
ガトの言葉に、一つ、うなずく。
海には背を向けるように進む。やはり柔らかい草が生えてはいるが、しっかりと踏みしめられ、地肌が出ている『道』となっている。誰かが、いや、もっとたくさんの人たちが時間を使ってここを歩いて行ったのだろう。ところどころには轍…車輪の跡もある。何かを運んだ跡でもある。
…どこかから何か、来るのかな。
目指す先はやはり草原…のようになっているように見える。『道』はその先にまで続いているように…見える。
しかし目の前には誰もいない。だだっ広くも見えるこの草原には三人と一匹しかいない。
そんな草原でも歩いていけば少しずつ変化はある。ところどころに木が生い茂っている…とは言ってもぽつぽつと木があるわけではない。進んでいくにつれ、草原と樹木の塊の交じり合っていくのである。そして樹木の割合は進むにとれてどんどん増えていく。
ナンタイコウ周辺を大まかに示すなら。海に突き出した岬の上にあるとも言える。ぐるりと険しい崖に囲まれた、草原に覆われた岬にあるがその根元から先は森や林となっている。未来は『森』と聞いていたからあっちにぽつん、こっちにぽつん、と樹木の塊が点在しているようなイメージを持っていた。だが実際は草原から森林地帯へと足を踏み入れていくのである。
ふと、気づけば森の中。
前から後ろまでぐるっと視線を巡らせて見れば…ここはもうあの柔らかい草が風に撫でられている草原ではない。頭上には太く大きな枝が茂って太陽の光をさえぎっている。そんな状態では温度が下がっているような気もする。だが、足元には湿った落ち葉や小さな草や花と一緒にしっかりとした『道』がある。草原の時と同じ。たくさんの人たちが歩いて、移動していったからこその『道』がここにもある。
ところで。前を歩いているハリエルを何気なく見てみると、背中の大剣をかるくいじったりしている。ディクシィもあのグローブをいつの間にか手にはめている。
「？」
「おいおい、おめえらミライに説明しときねえな。いきなりぱっくりってなことになったら目も当てられねえってもんだ」
いきなりぱっくり。
「ああ、そうね。一応言っておかないとね」
ぱん、と軽く両拳を打ち合わせるディクシィ。
「ここいらでも出るからね。ミライも気をつけてね？」
「何、俺らがいるから大丈夫だけどな」
「出るって、何が…」
「モンスターだよ、モンスター。本当ならそれぞれの森の中でしか出ねえんだけどな。時々はぐれたのが出ることもあるんだ」
「漏れ出てくるってやつかね？ やっかいっちゃあ、やっかいってもんだね。まったく」
小鳥の澄んだ鳴き声と、大きめの鳥の低い声が聞こえてくる。どこにでもありそうな森の中。
「も、もんすたあ…」
「だから心配すんなって。俺らがいりゃ大丈夫だからよ。そんな顔すんな…って、いきなりかよ」
…何？ 何が？
ハリエルとディクシィの視線が自分…を通り越してその後ろを見ている。ちょっと真剣な顔になって…ディクシィが未来の前、つまり振り向いた先に出る。
「バタッキか…どうする？ ハリエル？」
「新しい剣を試してみてえな」
「分かった。じゃ、あたしはここにいるから…ミライは見ててよ。大丈夫、怖くないから」
目の前には…ダチョウを一回り小さくしたくらい。それにしては顔の大きな鳥？である。翼を逆立て、体をふくらませて威嚇しているようにも見える、が…大きな目玉がどことなくユーモラスではある。
ハリエルはそんな鳥に…一羽だけ…にゆっくりと近づきながら腰の細い剣を抜く。この間新しく作ってもらったクロヒメだ。
あの地下で見たように半身になって真っ直ぐ剣を突き出す。鳥は少し後ずさりをしたように見えた。しかしそれは助走だったのだろう。鋭い、喉の奥底から絞り出すような高い声を上げながら突進してくる…。
「ダークフレイム」
そんな様子に動じることもなく、ハリエルは落ち着いて軽く剣先を突き出す。そして生まれる火球。それは一直線に鳥に当たる。
…うわ。
一瞬ヤキトリとかそんな言葉も浮かんできたが、同時に真っ黒に焼けた生き物のグロテスクな姿も想像して、目を閉じそうになる。だがその寸前に視界に飛び込んできたのは、ぽん、という軽い音と共に風船のようにはじけてなくなってしまった鳥の姿。はじける、と言ってもスプラッタなそれではない。
中に空気しか入っていない風船がはじける、その光景そのもの。はじけた後は何も残っていない。むしろ風船ならそのゴムの残骸が残るはずだが、まるで全部が空気に溶けてしまったように何も残っていない。
