未来が筋肉痛でのたうち回っていた時に、ヘンな薬を飲ませようとしてくれたお嬢様…ライカ。そのいとこのさっぱりした感じの女性のことだろう。たしかに弓を使っていたようだった。
「射るのは矢だからね。あ、でも弓としてスゴイってのはそうなのかも」
「弓矢は二つで一つなんだよな。だから弓が良くねえと矢もよく飛ばせねえってな」
足元にまとわりついてきたイヌのような…ワンバとか言うらしい、子犬くらいだが目つきが鋭すぎる…に懐から取り出した短剣を投げつける。これが「一山いくら」の安い武器ということになる。ワンバはその場で弾けてしまう。
「それでもあれはちょいと特別ってことでね。そういう武器もあるってこった」
「単純に…刃があるかないかってのはないの？」
地面に軽く右手を触れて姿勢を落とす。同時に右足を地面すれすれにぐるりと半回転。チョウにしては大きいな、と思っていた虫が群れていたが一斉に弾けて消える。これはハネチョウ。てのひらよりも二回りほども大きな羽を持っているのに飛ぶことができないらしい。閉じていると茶色の地味な羽だが、開くと青や紫の見事な羽で…これで威嚇する、とのこと。でもやっぱり飛べないので跳ねて逃げるからハネチョウ、という説と羽が見事だからハネチョウ、と二つの説があるとか。
「あたしのグローブとハリエルのクレナイの違いって、そんなもんだし」
「それはあるだろうよ。…ミライ、そこの木をな、ちょいとつついてみな」
「…これ？」
言われた通りシノノメの先端でその木をつついてみる。と…大した力も入れてなかったはずなのに、上からぼたっと何かが落ちてきた。
…あう。
声にならない声。さっきディクシィが拳の裏で殴ってたヘビ…いや顔がトカゲのヘンなのが落ちてきたのだから。あの時のよりもこっちの方が大きいような気もする。太さなどは未来の手首ほどもありそうだ。
「ヘビナワだあね。こいつは動きがトロい割にゃ中堅よりやや下ってもうけもんなやつだ。バタッキなんかよりゃ上ってこった」
何がどう上か下かは分からない。たしかに大きさはこっちの方が上だけれど。
だけど、シノノメを振り上げて…断ち割るように振り下ろすとあっけなく弾けてしまった。
「まあ…魔法装具なんてのはほとんどがそんなもんばっかってこったね。武器と魔法、どっちかってことになっちまう」
この辺のモンスターはあらかた片付いたようだ。さっきまで休む間もなく飛びかかってきていたのに、今は静かなものである。どこかから小さく鳥の鳴き声も聞こえてくる。普通の森の中、と言ったところ。こういうのには波があるのだそうだ。のべつまくなし襲ってくるものではない、とのこと。
「…ふう」
「大分扱いになれてきたみてえだな」
「まあ…ね」
扱い、と言ってもただ振り下ろしたりしてただけ。
「じゃ、今度は魔法の方を…って言ってもねえ。どんな効能があるのかよく分かってないんだよね、シノノメは」
みんな、森の奥へ向かって歩き始めている。
基本的に『森』は奥へ行けば行くほど強いモンスターが出ることになっている。進めば進むほど困難になっていくわけだが…ここ『隠者の森』は初心者向けということもあってそれほど強いのは出てこない、ということになっている。最も強いものでヘビナワ程度のものしか出ないとか。が、運が良ければ隠者にも会えるらしい。結構な物知りで、分からないことがあってここを訪れる者も少なくないとか。しかし、必ず会えるとは限らない。その確率は半々とも言われているが、実際のところはどうなのだろう？
「…なあ、ガト」
「なんだい？」
未来の肩の上で、ひげのお手入れ中。未来は歩いているから揺れる肩の上なのだが、器用なものである。
「隠者…ベルホなら何か知ってんじゃねえのか？ こういう武器のこと」
「ふむ。ベルホねえ…」
顔を、前足でこしこしと。
「あたしは一回だけ会ったことあるよ。えっとね、普通におじいさんだったけど」
「何か聞いてみたのかよ？」
すると腕を組んで考え込んでしまう。
「うーーーん…特に何も聞かなかったっけ」
「もったいねえなあ」
「仕方ないじゃない、その時に何か分からないことがあった、とかそんなわけでもないんだし」
「そりゃ、そっか」
「ねえ」
…あれ、何だろ。
「そのいんじゃの、ベルホ…さんってどこに住んでるの？」
「この『隠者の森』の…」
ハリエルも気づいたらしい。振り返ってディクシィを見る。一つ、うなずく。
「ほう。一回目で引き当てるたあ、大したもんだよまったく」
目の前にはぽっかりと開けた小さな広場。広場、と言っても人の手が作ったものとは少し違う。木を伐採したのは誰か人間だろう。しかし下草がうっそうと生い茂っていて整地した跡は見られない。かすかに小道が伸びているのが見てとれる程度。…その先に粗末な小屋があって、その玄関先には重厚そうな揺り椅子があって、そこへ…のんびりと老人が腰掛けているのだった。
