「おや。お珍しい。お客様ですな」
椅子からゆるりと立ち上がると、にこりと暖かい笑み。意外と背が高いな、と未来は思う。お父さん…くらいかな。
あごから胸まで垂れ下がる豊かな白い…いや銀色のひげ。それでもゆっくりだが確かな足取り。『老人』と言うにはまだ若いような印象も受ける。しかし大きく節くれだった杖をついている辺りやはりそれなりの高齢なのだろう。
「ここのところはなかなか訪ねる者もおりませんでな。どうぞごゆっくり…？」
先を歩くハリエルの後ろから顔を出した未来。そしてその肩にはガト。
「いよう、ベルホ。相変わらず貧乏そうだねえ」
ぴょい、と肩から地面に降りて、後ろ足だけで立って、無駄に胸を張って見せる。
「ガト…？ ほほう、これは…久しい…本当に…ガトか？」
「おいらがおいらの他、何に見えるってんだい」
「ははは、そりゃそうだ。ガトはガトだからねえ」
そしてまぶしそうにぐるりと皆を見回す。
「君は…ああ、覚えているよ。ディクシィだね？ 前にこれっくらいの…そうだ、リンチャと言ったか。可愛らしいお嬢さんと一緒に来たね」
「は…はい」
ゆったりとその頭を撫でる。緊張してかたくなっているディクシィ。
「君はハリエルだね。初めまして。名前は聞いてるよ」
こちらはしっかりとした握手。…やはりハリエルも緊張している。
「は、はあ…光栄です…」
「そして…」
にこ、とやはり暖かい笑み。
「ミライ。ようこそ。よく来たね…ミライ」
…どっかで会ったっけ。
最初に思ったのはこれだった。誰か、という特定の人物が頭に浮かんできたわけではない。誰かこういった印象の人と会った…ことがあるようなないような、なんだか記憶の片隅に何かが引っかかってるような…。
「ベルホはこう見えてもな、リョンカの兄貴なんだ」
「え」
そう言われてみればなんとなく雰囲気は似ているような気はする。が、さすがにいくらなんでも年齢が合わないような…？
「え、でも年が…？」
ディクシィもそう思ったらしい。指を何度か折っては、首を傾げてみせる。
「たしかに年は離れちゃいるがな。まあ、でもリョンカも見た目ほど若くはねえってとこかね」
「はは。あれは町で真面目に武器屋をやっておりますかな。…この杖、シチダンカもあれに作ってもらいましてな」
大きな杖を、ひょい、とかざす。どう見ても木材でできているようだが、やはりこれも金属によってできているのだろうか…？ 武器と言っても刃物ばかりでないことはディクシィのグローブやカノンの弓を見ても分かる。それとも全部が全部ああいった石のような金属でできているわけではない、ということなのかも知れない。
「チェンジ、つまり変化（へんげ）の効果がありまする」
「…変化」
「そうですな…ほれ」
座っていた椅子に杖を向ける。椅子は軽く揺れるように震えるように動いて、ぽん、という煙と共にテーブルへと変わってしまう。木の椅子だったのに大理石のような深い白の立派なテーブル。
「おお…すげえ…」
「そのうち元に戻りますでな。永久に変わる、というものではないのですよ」
「…ああ、そうだ、ミライ。シノノメを見てもらえよ」
そう言えばそうだったのだ。ここへ来た目的の一つがそれなのだ。
「うん。…これ、わたしのなんですけど…」
「ほう？」
両手で差し出されたシノノメを受け取るベルホ（それはまるで老神官が捧げ物をうやうやしく受け取るようにも見える）。そして肉厚の短剣をすらりと抜き放つ。…森の奥にあってもきらりと光を跳ね返す。
「どういった効果があるか分からないんです」
「弟にも？」
「はい」
ふうむ、と考え込むベルホ。
「作ったあれにも分からない、というのは…？」
「さすがの隠者ベルホもお手上げってやつかい？ こいつはいよいよ謎が深まるってやつだねえ」
なぜか楽しそうなガト。しかしそんなガトにベルホは意味ありげな笑みを送る。
