「ガト、ことを急いてはいけないね。ちょっと違った方向から見てみればよいのだよ」
そして…ミライにシノノメをそっと返す。やはり老神官のようにおごそかに。
「ミライ。これを一度使ってみてはくれませんかな？ 何か分かるかも知れませぬ」
「ここで…ですか？」
「はい。わたくしの目の前で」
…使うってことは…。
武器屋の地下でやったアレ。つまり武器と対話してみる、ということ。
右手にシノノメを軽く握り…突き出す。一回、深呼吸。
「…いきます」
目を閉じる。あの時みたいに速くなるのかな、と思ったからゆっくり動こうかな、とか思う。
…しかしシノノメから浮かんできたのは別の言葉だった。
「…だーくふれいむ」
…え？
思わず開けた目の前で、シノノメの先端から炎が一直線に飛び出し…たまたまその軸線上にいたハリエルの髪の毛の先をかすめて空に消えていく。
「な…？」
一番驚いたのは彼だったかも知れない。自分の剣の先から出てくるはずの炎が別の武器から飛び出してきたのだから。思わず腰が落ちそうになるのをかろうじて持ちこたえる。
「…な、何？ 一体…？」
「……」
…えっと。
もちろん未来もびっくりした。何が起きたか分からない、というわけではない。なんでこんなことになっているのかが分からない。
「ほう」
ゆっくりとひげをしごきながらベルホ。
「ダークフレイム。ファリアナイトの炎にダルカイドの集中性…しかしシノノメのレシピにファイリアナイトはない。弟はそんな風なことを言っていませんでしたかな？」
「は、はい」
…ファイリアナイトじゃなくて…何がないって言ってたっけ。
「やはり。…そしてハリエル君。君の剣はダークフレイムが使えるのですな？」
「え、は、はい」
ちら、と腰のクロヒメを見る。
「そして今日、森の中で何度かダークフレイムを使った…」
「おいおい、ベルホよお。お前さん一体何が言いてえんだい？ まるでミライのシノノメがハリエルのクロヒメの技を盗んだみてえな言い草じゃねえか？」
すると。はっはっはっ、とやや乾いた笑い声を響かせる。
「ガトよ。さすがだね。つまりはそういうことだろうとわたくしも思うのだよ…」
小屋の中に招き入れられる。香りの良い茶が出てくる。
中にはテーブルと椅子がいくつか。そしてベッド。それだけ。かまどは別に台所があってここにはないのだと言う。冒険者の間でかなり知られている隠者にしては質素な部屋にも見える。いや、『隠者』というくらいだからこれくらいがちょうどいいのかも知れない。
椅子に腰かけて。両手でカップを持つ。
このカップも素焼きの素朴なもの。磁器の青白い肌合いとは違う、じんわりとした暖かさが伝わってくる。
ふと、天井を見上げてみる。…木の板が雑然と並んでいる。ところどころにすき間があるような気もする。しかし外の日の光が差し込んできているようでもない。雨が降ったらどうなるんだろう、とかそういうことまで考えてしまう。
「で、一体全体どういうことだってんだ？」
ガトだけはやはり特別の背の高い椅子が与えられている。
「その前にもう一つ。…ダークフレイムとは別に、他の技も出てきませんでしたかな？」
「えっと、すぴーどれいずが」
「なるほど。ダリオサイトですな。それも含まれてなさそうですな。…この中でスピードレイズを使える武器をお持ちの方は…？」
ディクシィが、ぴょい、と手を上げる。
「シノノメを持ったミライの前でお使いになったことは…？」
こくん、とうなずく。
「やはりうそうでしたか。…たしかに大変に珍しい武器ですな。これには『スティール』という特性があるようですな」
「すてぃ…る…？」
「文字通り技を盗む、という意味でしてな。あまりいい意味とは思えませぬがこれ以外にぴったりと合うものもありませんな。…そして盗んだ技を使うことができる。しかし…ミライはまだそれらを自由自在に使いこなせるわけではなさそうですな」
たしかに何が出てくるか分からない…。
「『ランダムリリース』といったところでしょうか。目の前で出てきた技を使うことはできるのですが、どれが出てくるか分からない、ということですな」
