葉っぱを一枚、ディクシィが皮袋に入れて…これまで採ったのは全部捨てた…一つ、うなずく。
「なんかあっさり終わっちゃったね」
「これが本物かどうかはポラリスんとこ行かねえと分からねえけどな」
たしかに。これが別の物だ、という可能性もある。
「違ってたらまた来ようぜ。ミライの練習にもなるしな」
一方未来は…その木の幹に触れてみていた。ひんやりとした感触。やや緑がかった幹の感触はざらり、としている。
…なんか…懐かしい？
毎日見てはいるのだけれど、あの公園のそばの木に触れないようになってから…どれくらい経っただろう？ 昔、と言っても数年前までは毎日触っていたはずなのに。この木ではないはずなのに、なぜか…懐かしい、どこかへしまいこんでしまった昔のオモチャが、ころり、と出てきたような…。
そんな様子を見ながらガトが大きなあくびを、一つ。
…ま、いっかな。
多分そう思っただけのことなのだろう、ただそれだけのこと。
ついでだからベルホのところに寄ってみよう、ということになった。せっかく隠者の森まで来たのだし。
途中で何度かモンスターと戦うことになる。今度はバタッキとワンバの混成群で、結構数がいる。
「…一回、使ってみようかな」
「何をだい？」
ガトは相変わらず未来の肩の上。ディクシィは忙しく動き回っているし（スピードレイズか地走りを自分にかけている）ハリエルもダークフレイムとフレイムブリーズを連発している。…そんなごたごたした中でも器用に肩につかまっている。
「ランダムリリース」
「そうだねえ…使わねえと分からないってシロモノだあね。ちょっとやってみたらいいさ。一回くらいならいいだろうに」
「うん」
少し、目を閉じる…あんまり長く閉じていると足元に何か寄ってきそうで怖いから少し、薄目で確認しながら…シノノメに心の中で語りかける。すると意外に早く『答え』が返ってきた。その言葉を口にする…。
「…ちぇんじ」
ベルホの魔法杖・シチダンカの魔法。目の前にあるモノを思ったままのものに短時間変化させる。
そして未来の目の前には、たまたまハリエルが。しかもまだ公園のそばにあったあの木のことを、ちょっと考えていたものだった。
ハリエルの姿は完全に『あの木』と同じになってしまっている。背の高さこそ元のハリエルと同じくらいだが、ああ、そうだやっぱりさっきのアレとはちょっと違う、枝ぶりとかそういう細かいところが違う、とかそんなことまで思ってしまったりして。
樹木になった、とは言っても完璧にそうなってしまうわけではないらしい（ベルホのチェンジなら違うかも知れないが）。『あの木』の中ほどに顔らしい凹凸があって、そこには何とも安らかなハリエルの顔が。樹木になる、とはそういうことなのだろうか…？
「…おーーー…なんか…ほっとするなあ…」
しかし今は戦闘中なのである。木になったハリエルは無視されるのか、ディクシィに攻撃が集中する。そしてもちろん未来にも。
いくら自分の速さを上げているから、と言ってもかなりの数いるのである。それがバタッキ（くちばしでつつく）やワンバ（かみつく）といったさほど強くはないモンスターでも数がいると危うくなる。しかもディクシィは未来をかばうような体勢だから、どうしても攻撃を受ける回数が多くなってしまう。
「ミライ！ なんてことしてくれちゃったのよ！」
それでもさらにパワーレイズか火揚力をかけたらしい。軽くなでただけなのにバタッキが潰れる、ワンバが跳ね飛ばされる。しまいには右手を地面につけて、右足でぐるりと一回転蹴り回す。相当の数が消えたが、それでもまだたくさんいる。
「ご、ごめん…じゃ、じゃあ…もう一回」
「え？」
「…ふれいむぶりーず」
今度はハリエルの大剣クレナイの魔法。広範囲に火球を生み出す。こういう場面では正にうってつけな魔法ではあるのだが…。
「あー！ なんかあちい、熱い、あーーー！ 俺、燃えてる！」
木になっていたハリエルに見事に着火。しかもその瞬間に魔法が解けたものだから半分くらい火だるまになりかけて…しかし転げまわってなんとか消火。
そのあまりの勢いにモンスターたちも気勢を削がれたのか、あるいはもういい、とか思ったのか。いつの間にかどこかへ去って行ってしまったのだった。
「…ねえ」
「うん」
「今度からさ、ランダムリリース使う時はさ、一声かけてるようにしようね」
「…うん」
「そりゃそうだ、なんたって何が起こるか分からねえってしろもんだ、だからおいらが言ったろ？ 気をつけて使え、って」
相変わらず誰にも知られないうちに安全圏へ逃れていたガトが、地面に腰を落ち着けたまま、しれっと言う。
…そんなこと言ってない、言ってない。少なくとも未来は聞いていない。
