ハリエルはマントがちょっと焦げたくらいで済んだ。幸いというものである。…木になっていたからこの程度で済んだのか、それとも木になっていなかったらさらに軽く済んでいたのか、その辺は、分からない。
「あー、ひでえ目にあったぜえ…」
「たまにはいいんじゃないの？ めったに体験できないって、ねえ？ ミライ？」
「まあ、そう…ね」
「たまにでも嫌だぜ、あんなの」
ガトが大あくび。
「さっさと行こうじゃねえか。ベルホに会えるかどうかは分かんねえがね」
隠者の森は明るい。
ここが初心者向けとも言われるゆえん。木々はしっかりと重なっているがそれぞれの葉の色が明るいせいか、うっそうと茂った深い森、というイメージはない。もちろん、大きな葉や色の濃い葉もある。でもそれらは良いアクセントとなって森の中をかえって明るく見せている。
「…あれ…？」
でもそこはさすがに『隠者』の森である。
「こっちで良かったよね？」
「いや、あっちじゃね？」
「ガト…？」
「おいらは知らねえよ。ンな細けえこといちいち覚えてるかい」
再び未来の肩の上で大あくび。
それからしばらく探してみたが、ベルホのあの小屋は見つからなかった。こういうこともある、という話だがなんだかさみしいようなもったいないような。
三人と一頭がナンタイコウの町に戻ってきたのは昼過ぎといったところ。大通りはこの時間帯が一番混みあう。昼の食事時、ということもある。あるいは日中でも最も出歩きやすい時間帯、ということもある。夕方になると露店はもちろん店はみんな閉まってしまうのだから、これくらいがちょうどいい頃合なのだろう。
ポラリス雑貨店にミアナの葉を届けるついでに、今回の仕事のお祝い用に何か買って行こうか…ということになる。
あまり人ごみが好きではない未来。今日はハリエルもディクシィもいるし（肩の上にはガトもいるし）、それほど激しく混んでいるわけではないし…何より仕事の後の妙な高揚感？みたいのもあるのでそんなに気にならない。
ポラリス雑貨店はそんな喧騒から、ちょっと、はずれたところにある。路地裏の小さな店。
雑貨店というだけあって木の実から葉っぱから薬ビンから、その品揃えはかなりのもの。客もそれなりに入っているし、繁盛しているのかも知れない。
「…あー、やっぱりな」
その女性店主はカウンターに頭を乗せて爆睡中。ご丁寧にクッションのようなマクラまで敷いてあって抱え込んでまで…ご就寝。しかし客はそれをよく分かっているのか目当ての商品を手にすると店主の前に。
「…うい。どーかにまーい…」
うっすらと目を開けて手を差し出す。そこへ客が銅貨二枚を置く。それで取引終了ということになるようだ。店主はもらった銅貨を適当にそこらに突っ込んでおいて再び眠りに落ちる。
「うおい、ポラリス…ソケイに依頼したろ？ 持ってきたぞミアナの葉」
ハリエルが何度か肩を揺すってようやく起き上がる。そこらにあったメガネ（かなり度が強そう）を適当？にかけて…大きなあくび。
「あふう。…ハリエル？ あんたたちなの？ ぽんぽん依頼受けたの？」
「悪いかよ。…ほれ、これでいいのか？」
葉っぱを渡す。少し、真剣な目になってそれを眺める。二三度ひっくりかえす。
「…ごめん、これ、ちょちょっと違うもんだわね…でもあんがと。えっと…あ、ディクシィちゃんすごすごおひさー、ガトもいるのね、それから…」
未来を見て、にこりと微笑んで小さく手を振る。
「新入りさんね、そいじゃみんなで銀貨四枚。一枚ずつごんごん持ってってよ。またなんかあったらよろしくー。マリカとソケイにもばんばんよろしく言っといて。んじゃー…おやすみっ！」
どうもあの葉ではなかったようだ。が、これでかなり収入が増えたことになる。よし、じゃあ買い物に行こうぜ、ということで大通りに戻ったのだが…。
…あれ？ 誰かが…こっちを見ている？
「どしたの？」
「うん、ちょっと…」
「なんだどうした、何が…って、ああ、あれか」
ハリエルがやれやれ、といった風に二、三人をよけてから、しゃがみこむ。
「よう。今日は珍しいとこで店開いてんのな。何か用でもあったのか？」
あの無口な露天商である。黒い布を頭から顔中に巻いていて目だけ見えている。ハリエルが話しかけると…小さく首を横に振ったように見える。
「知り合い？」
ディクシィもしゃがみこむ。
「ヤッシ御用達の露天商でな。掘り出しもんが多いんだ」
「へー…何か面白いものでもあるんですか？」
今度はさっきより大きく首を横に振る。いつもなら後ろの大きな箱から色々取り出してくるのだが、今日は箱はあるが何かを取り出す様子もない。品切れ、ということだろうか？
「そっか。じゃ、またな」
手をあげたハリエル。…が、露天商の目はハリエルを見ていない。いや、ディクシィも見ていない。話だけは耳に入れている、といったところ。
皆の後ろにいる自分を見ている。それもじっくりと。未来にはそうとしか感じられなかった。
