…何だったんだろ、あれ…。
にらまれたわけでもない。当然怒っているようでもない。ただ、じっくりと…興味があってよく見ようとしている、そんな風に思えた。
でもなんで…？ もちろん知り合いでもないし、見たこともない人なのだ。
「みきー…何ぼおっとしてんのさ」
その一言で我に返る。ここはバスの中。これから登校なのだ。
「あ、うん…」
「ここんとこ多いよね、そんなん。何かあった？」
前の座席から顔を逆さにこっちに向けてくる真記。
「え？ いや…別に」
「そお？ そんならいいけどさ」
それきりで大きくため息をついて…両手を胸の上に組んで目を閉じてしまった。何でも昨日は全然眠れなくて今になって眠気が襲ってきた、とのこと。
「でもこのかっこうはないよね」
かしこも呆れ顔。ぎゅうぎゅうのすし詰めではない。全員座っても座席が余る、とそんな程度のバスの中。未来とかしこが並んで座っている前の席に、それはまるでどこかのミイラのごとく、ぴん、と張った体のまま目を閉じていらっしゃる。もちろん座席に横になっているわけではない。腰かけるのではなく座った状態から腰を伸ばす、という器用なことをしている。
「…眠れるのかな、これで」
「いいよ。ほっておこ。どこまで耐えられるか、ためしてみようよ？」
果たして長くは続かなかった。それからすぐに体が震え始め…数分程度で腰が落ちてしまったのである。
学校に着くと、いつもの朝の喧騒。
啓児はすでに学校に来ていた。三人が教室に入ってくると…ちら、とだけ視線を送って窓の外へ向いてしまう。いつものことではある。
…あれ、聞いてみようかな。
もちろんバン・ハンドルのことである。でも…ここでは聞けないだろうし。帰りにでも…いや、どうだろう。
そんなことを考えながら未来は席に着いたのだった。
授業は進む。そして昼休みへ。
気がつくと啓児の周囲に何人か生徒がいる。その中にはあの三輪君もいたりする。全員がクラスでは目立たない、おとなしめな男子生徒ばかりのようだ。
…やっぱり友達とかできたのかな。
ちょっとさびしいような気もするようなしないような。
でもまあ、そんな風に慣れてきたのならその方がいいのかな、と思い直す。そう言えば最近の啓児は明るくなってきたとも思う。以前のような他人を寄せ付けない雰囲気が少しは減ってきたように感じる。決しておしゃべりでもないし、自分から話し始めることもほとんどない。それでもこうやって誰かと話ができるくらいになってきているわけだし、少しずつ変わってきているのかな…。
「なーに見とるんですかな、この子は」
くっつけた机からミョーな顔で見上げてくる。
「べ、べつに、何も」
「おお、みきの顔が赤くなった。これはニュースですな」
「そんなんじゃ…」
「いいからいいから。おーい、かしこ？ 早く早く。みきが面白いからさ…」
ジュースを買いに行っていたかしこがそこへ戻ってきて…いつもの昼休みが始まるのだった。
…なんか疲れた…。
今日の帰り、二人は何も話さなかった。ここのところは話したり話さなかったり。話したとしても啓児がバン・ハンドルの話を少し、未来がナンタイコウの話を少し、といった程度でそれほど多く話すわけでもない。
「ただいま…」
「おう。未来。早かったな」
「あれ？ 兄さん今日食事当番だっけ？」
「明夫と代わったんだ。今日は遅くなるってことでな」
時々そういうこともあるのだが、先守はイヤな顔一つせずに（むしろ楽しそうに）料理していることが多い。
リビングの椅子に腰を下ろす。ため息を一つ。…さ、ちょっと休んでから着替えて来ようかな…。
「ああ、そうだ。お前のクラスにさ、なな…七咲だっけ、そんなやつ、いるだろ？」
どきん、と心臓が一瞬跳ね上がる。
「うん。…転校生」
「そっか、んでさ…」
菜ばしをくるりと一回転。機嫌がいい時の先守のクセでもある。
「キュリオスって、お前も知ってるよな…」
