「ね。みき。今日の放課後ヒマ？」
ヒマも何も。未来は部活などやってない。
「え、まあ…ヒマと言うか何と言うか」
「さっきさ、かしことも話してたんだけどさ、帰りにちょっと寄ってかない？」
ふ、と見るとかしこが笑顔で小さく手を振っていたりする。
「部活は？ いいの？」
「今日はお休みなんだ。映研も文芸部も。…めったにないんだけど、両方ともって」
…たしかに…気が付くとどっちかはちょいちょい休みになってるような、そういう時は大抵部活連中とおしゃべりしてるだけのような、そんな気もする未来。文化系の部活はそんなものかも知れない。
「わかった。じゃあ…今日はみんなで帰れるね」
「そゆこと。…かしこー。みきオッケーだってさー、ねー、聞いてるー？」
いつもなら啓児と帰るか、それとも一人か、という帰り道。
今日は啓児はさっさと先に帰ってしまった。彼が転校してきてから初めての「三人同時」なので、どう説明したらいいかな、それともこういうことは言わない方がいいのかな、とか色々考えていたのだけれど…そういうところを全部ふっ飛ばされてしまった。もしかしたら未来たちの会話を聞いていたのかも知れない。それで気を使わせてしまったのなら…なんだか悪いような気もする。
バスに乗る。駅までは三人一緒。
かしこは駅からは二人とは違う方向へ向かう電車に乗る。いくつかの路線が交差する駅なので、駅前もそれなりに栄えている。
「おー、なんか久しぶりだからテンション上がっちゃうねえ」
登校する時はバスも混むことが多い。学校の開始時刻は決まっていて学生が皆、乗ってくるから。しかし帰りは部活などもあってバラバラになるからそれほど混むことはまずない。
「しっかもすいてるう！ ひゃっはー！」
今も未来たちを除くと三人くらいがぽつぽつと座っている程度。二人掛けの席に未来とかしこ、そしてその前に真記がどーんと座っている。
「いつもこんなものだけど？」
「みらい…あいてしちゃダメ。かしこたちが帰る頃はもっとすいてるんだから」
やれやれ、という表情のかしこ。時間帯にもよるが、運動系の部活などと重なると結構混む時もあるらしい、とのこと。しかしそれに巻き込まれなければかなりガラガラのままバスは進むのだとか。
「ねえ、もう恥ずかしいからさ、大声ださないでよ」
「いやー、かしこもテンション上がんない？ ひっさびさだし」
「そりゃ久しぶりだけどさ…」
なんとなく。なんとなくだけど、未来はそんなかしこも楽しそうだな、と思っている。普段より少しはテンション高そうな、そんな風に見える。
バスは夕方少し前の空気の中を走る。途中の停留所から乗ってくる普通のお客さんもいるにはいる。が、それでもぽつぽつ、といった程度。
駅前に着いて…バスを降りる。真記が大きくのびをする。
「んーーーー…あー、疲れた」
「なにやってんのよ」
最初はかなりハイテンションでしゃべっていたのだが、バスが進むにつれてどんどんテンションが下がって行ってしまったのだ。
「いや…ね？ なんかー…さ？ 世の中のね、不条理って言うか…さ？」
「くだんないこと言わない。みらい、行こ？」
と、未来の手をとってかしこは先に行ってしまう。…あわてて後を追う真記だった。
駅前にはロータリーがあって、タクシーがいつも何台か停まっている。バス停はそのロータリーの中ほどにあって、島のように浮かんでいる。
信号機のある横断歩道。それを渡ると駅前に。いつもならそのまま駅へ直行、ということになるのだが今日はそれとは反対側へ渡る。こちら側には商店街があって、いくつも店がある。コンビニやファミレスのような店からお茶や茶器を売っているような店まで。新興の駅前ではなく、それなりに古い商店街らしい。
実は未来はこっちの駅前にはあまり詳しくない。
いつもの「駅前」と言ったらここから三つ行った、登校の時にまず乗る家に一番近い駅の前のこと。明日、キタのおばさんが来るのもそっちの「駅前」の方。こっちよりも新しい店が多いのは駅前として出来上がったのが新しいからでもある。新しいと言っても、もちろん未来が生まれる前から「駅前」として存在していたのだけど。
「こっちこっち」
かしこが未来をずんずん引っ張っていく。真記は後ろから走ってきて…一度追い越してからまた後ろにつく。
「いいところでもあるの？」
「なんかね、みらいが好きそうだなー、って。そんなところ」
果たして案内されたのは…大判焼きの小さな店。年季の入っていそうな緑色の看板と、そして中には手際よく大判焼きを焼くおばちゃんが一人。店の前にはベンチがある。中で食べるのではなく、ここで持ち帰る形式。
ふうー…と空気を吸い込んでみる。甘い。そして小麦粉に火を通す柔らかい匂いがする。
