土曜日。
未来と先守は休みだが明夫は部活があるんだ、と朝早くから飛び出して行った。羽佐人も仕事関係でちょっとあるから、ということで出勤。いつもなら土曜日は休みのことが多い。もっとも、毎週ではなく隔週程度である。
もちろん二人とも夕方からのことを忘れてはいない。駅前のファミレスに現地集合、ということで話はまとまっている。
先守は部屋で何かやっているようだ…特に音も聞こえない。あのゲームでもやっているのかも知れない。
未来は…どうしようかな、どこか行こうかな…とは思ったのだが特に行くアテもない。真記やかしこは土曜日でも時々部活があることもあるし何よりご近所と言うわけもないので、気軽には誘いにくい。学校帰りならそれほど気を使わなくていいのだが。
…そうだ。もうちょっと見てみようかな。
キュリオスである。もちろんゲームではなくて…あの本。本棚から取り出して、ベッドにごろりと横になって寝そべる。
じっくりと見てみる。こうじっくり眺め回してみたのは初めてかも知れない。
意外と薄い、というのは前から気づいていた。学校の教科書ほどだろうか…ノートほど、というわけではないが、それでも「本」にしては薄いと思う。だからマクラの下にも楽に入れられる。大きさも大判というほどではない。やはり教科書と同じくらい。
表紙には『キュリオス』と読める『dVsjpVt』の文字。
多分これをこう読めるのは自分だけではないか…と思う。見せてみたい、と思わなくもないが特に見せてみたい、とも思わない…そう、そんな風に微妙な感じでもある。仮に誰か…先守や明夫とか…に見せてみたらどんな風に読むのだろうか。多分…読めない、と言い切ってしまうだろう。
「わたしだけ…？」
にしては…何だろう、何か忘れている気がする。そもそもなんでコレがここにあったんだ、とかそういうことも。
本を開いてみる。…内容は…相変わらず分からない。
アルファベットは並んでいるのだ。並んでいるのだが…その組み合わせの意味が理解できないと文章は分からない。一応学校で習っているから英語なら少しは分かる。授業で使っている辞書だってあるのだから分からない単語があれば調べればいい。しかしここまでだとよく分からない。
『Bqqmjdzujpo Gps...』
「ぶ、ぶく…みどず…じ、じぽ…」
いきなり大きく書いてある。が、こんな単語は見たことない。さらに。
「じーぴーえす？」
もっと他の単語も続いているのだが…何が何だか分からなくなって本棚に押し込んでしまった。何かの拍子に読めるようになるかも、とか思いながら。
それから宿題やってまた別の本を読んだりしているうちにノックの音が。
「おーい、昼メシにしようや」
土曜日の昼は家族全員が揃わないことが多いので（今日もそうだし）大抵の場合は朝の食事当番が兼用する。
「あれ？ 兄さんだったっけ？ …あ、そっか」
「ああ。明夫と代わったんだ」
部活が忙しくなるとこういうことはよくあるのである。
軽くざるうどんでいいか、ということに。乾麺のうどんをゆでで冷水にさらせばそれでいい。
「夕方が夕方だからな」
「うん」
あのキタのおばさんが来るのだから…かなり盛大？な宴会みたいになるだろう、と二人とも予想している。だから昼は軽く済ませておこう、ということになったのだ。
明夫は土曜日も部活があるのがほとんどだし、羽佐人もいない時が多い。だから土曜日の昼、と言うとこの二人だけで食べることがほとんどだったりする。だから土曜の朝の食事当番が羽佐人や明夫で、二人とも家にいない、となるとこっちの二人が代わるのが暗黙の了解になっている。
「ゲーム、やってる？」
「ん…まあな」
テレビでは昼の番組が軽快に流れている。ドラマ仕立てよりもこういったバラエティ系の方が楽に流しておける。
「お前もやってみるか？」
「いい」
ゲーム機も持っていないのだし。特に興味があるわけでもないし。小さい頃はテレビに繋ぐようなのをいくつかやったことあったけど…今は、特に。
「そっか。またお前のクラスに行くかも知れないけど…いいか？」
ちょっと、うどんを運ぶ箸が止まる。テレビでは番組が静かなCMに変わる。
「別にいいけど」
「うん」
「…話しかけないでね、わたしに」
「ああ」
分かってる、と先守。未来は小さくうなずいたのだった。
それからもう少しして…先守が先に出て未来が鍵を閉める。駅前のファミレスに向かうのである。
