「おひ、ふわねーのか？」
「食べるってば…ねえ？ ミライ？」
「………」
「ミライ？」
実はついさっきまでディクシィは宿屋の手伝いをしていたのだった。料理を運んだり注文を取ったり。まれにこういうことはある。あるのだが…お約束を忘れてはいけない。この短時間で五枚の皿を割り、その都度料理を床にぶち撒け、注文ミスは数知れず。さすがのマリカにお役ご免を言い渡されてしまった。当のディクシィは気にする様子もなかったりする。
本当はリンチャとパーティを組んでいるサーナの仕事だったのだが…体調がすぐれなくてディクシィと代わったのだった。真面目で大人しい彼女なら何でもそつなくこなす。サーナが食堂に出る時はなぜか混むことが多く、それは彼女目当ての客が団体で来てるんじゃないか、とかそんな噂まで流れたことがある。実際、さっきから落胆した顔で帰っていった客も何人かいたりする。
「…え」
「どうしたってのよ？ ほら、食べようよ？」
ハリエルはいつものように炒めメシをかきこみながらこっちを見ている。そしてテーブルの上にはパンとスープ。
「うん…」
今日の宿屋はやはり混雑している。色々な人たちが朝食をとりに来るから。ここに泊まっている連中だけではなく近所に住んでいる一般人も来たりする。もちろん、これからどこかへ出かけよう、という冒険者たちもいる。そして冒険者も様々だ。
中にはいつもいつも冒険めいたことをしているわけではなく、何らかの仕事で資金を稼いでいる連中もいる。そういった連中の中で特に稼ぎが良い、とされているのが夜のお仕事だったりする。
…別にアヤシイ店とかそういうのではない。
夜にはナンタイコウの町の端にある鍛冶場が大盛況となる。昼間は細かい紋様の入った工芸品だとか、華やかなガラス細工といった手先の器用さが要求されるような作業が中心。こちらは専門の職人たちがやっていて、彼らは一日の大半をここで過ごす。しかし夜になると鍛冶場の様子は一変してしまう。
巨大な槌や真っ赤にたぎる鉄の塊。それらを打ち直す音が止むことはない。
前にも述べたように鍛冶場が町の端にあるのはこの騒音が原因の一つである。真夜中にこんな音が響いていたら、誰も眠れない。しかしなぜわざわざ夜にこんな作業をするのだろうか？ 仕事が仕事だから結構いい額で力自慢の冒険者をも雇ったりしている。そこまでするにはやはり何か理由があるのだろう。
今日もガタイのいい連中がきゅうくつそうに固まっている一角がある。一仕事終えて、値段の安いこの食堂に来る。
「おおい、酒をくれえ」
「こっちにもだ」
昼に活動している側からすればこれから動き始める「朝」だが、彼らにとってはこれから眠る「夕方」みたいなものである。中には軽く休んでから冒険に出かける猛者もいるとか。
「………」
「気になる？ ミライ？」
なんとなくそっちを見ていたらしい。
「え？ いや…別に？」
「ごっくん。…ありゃ稼ぎがいいからなあ…それもあって毎日いいもん食ってんだと。いいねえ…」
「あんたってホント食べることだけなんだねえ…」
「食うってのは大事なんだぜえ？ あいつらだって力仕事だからたくさん食わねえとな」
言いながら三杯目の炒めメシである。
「そりゃそうだけどさ、それだけってのもねー…なんか、ね？」
「ま、まあね」
と、そこであることに気づく。
「…ガトは？」
いつもならカウンターの上をうろつき回ってるか、どこかのテーブルへおこぼれを狙いに行ってるか。いずれにしても顔を知られていて存在感のある彼のこと。いればいたでそれらしい反応があちこちから出てくるはずなのだが。
「いない…？」
それがどこからも出てきていない。
「ああ、まだ帰ってきてねえんだろうよ」
「どこから？」
「ガトは夜中よく出歩いてるのよ。大抵は朝には帰ってきてるんだどねー…そう言えば珍しいね」
やや硬めに焼き上げたパンをちぎってスープに浸す。今日はファースの大きな骨からとったスープ。深いコクと味にファンが多いとか。
「いや、前にもあったぜ。昼前に帰ってきたことが」
…出歩くって…。
「ナンタイコウの町にいるんだよね？」
「そう。いるにはいるんだけどねー…」
「そのうち帰ってくるぜ。気にすんな」
とは言うのだけれど。たしかに心配とかそういうのは似合わないのだけれど。…何か気になってくる。
