そう言えばここに来た本当の理由は…。
「おや。珍しい人たちが来ていますね」
二人とは対照的に、ひょろり、と細い木の枝のような背の高い男が奥から姿を現す。
「キーツ」
「…ガト。ほう、ガト。何か忘れ物ですか？」
頬に指をついて、軽く頭を傾げてみせる。わざとやっているなら完全に相手をバカにしているポーズ。しかしそう見えないと言うことは本気でそう思っているのだろうか。
「どっかの誰かとおんなしこと言うない。…えっとな」
ととと、と未来の後ろにまで歩いて行ってわざわざ二本足で立って、両前足で足を後ろから押してくる。
…え？ え？
もちろんそんなことされても未来の足は動かない。ちょっとくすぐったいだけなのだが、なんだか前に出ないといけないような気になってくる。
「こいつは新入りのミライってんだ。こいつにな、ちょいと…あのことを教えてやりてえんだ」
「あのことですか。…ふうむ…まあ、良いでしょう。ゼッシン、ユーサイ。今の作業が終わったらあがってください。コマカンサ、ホーツに連絡を。少し遅れるかも知れない、と。お願いできますか？」
「うぃっす、場長。…あれ、でも副場長って今たしか」
「ああ…失敬。今は『まちなか』でしたね」
やれやれ、という風に顔を覆ってみせる。まちなかは町中、ということで今はこの鍛冶場にはいない、ということだろうか。ナンタイコウの町の中で何かやっていて、ここにはいない。町外れだからそういう言い方をしているのだろう。
「ではコマカンサは休みですから…」
「あ、あたし、もーちょっとだけ作業してこーかなー…」
「おや？ そうですか、では少しだけお願いしましょうかね。あまり長くならないように。…さて行きましょうか、ミライ君」
「は、はい」
「そうだ、ハリエル君とディクシィ君はどうします？」
「はいはいはい！ ハリエルにはあたしを手伝ってもらいます！」
元気よく手を上げる。二つの物体がぶるんぶるんと揺れる。
「ああ？ なんでだよ？」
「しかもタダで」
「だからなんで俺なんだよ？」
「じゃあ、あたしはゼッシンさん達を手伝っちゃおっかな」
無意味に袖まくりなんかしてみるディクシィ。
「精霊なんとかか？ ありゃあたしかに役に立つけどな」
あの大きな金槌を構えて立っている二人。これからまたとんてんかんてんやるのだろう。
「失礼ねー。精霊様、って前に言ったでしょ？」
「いいんだよ、どんなんでも。なあ、ユーサイ？」
「ああ。ちょっとは小遣い出してやるからよ、そっちの鋼材を持ってきてくれや」
こちらは多少でも収入がありそうだ。実は鍛冶場ではちょっとした小遣い程度ならこうやって稼ぐこともできる（個人的な収入だからマリカに申告する必要もない。…大した額でもないし）。鍛冶場の職人たちのポケットマネーからの支出だからそんなに大金は期待できないし、彼らの懐具合にもよる。もちろん、お互いをよく知っている間柄でないとこういうことは任せてくれない。
「さ、こちらですよ」
鍛冶場の奥へ。頑丈そうな鉄のドア…かなり重そうな気がするのだがキーツは楽々と開ける…の奥には薄暗い廊下が続いている。両側には部屋があるのだろう、無数のドア。広い作業場もそうだが、こっちの廊下の天井にもガラス板がはめこんであるので晴れていればそれなりに明るいはずなのだが…。
「ちったあ掃除しようぜ。高いとこが得意なやつなんざいくらでもいるだろうに」
「ははは。なかなか…ね」
汚れがたまっているのかそれほど明るくはない。廊下の隅には資器材の一部なのかそれとも忘れられた材料なのか、細い木材のようなものが乱雑に積んであったりよく分からない道具が無造作に転がっていたり。
「………」
「こんなもんだ、作業場なんて」
「手が回らないのですよ。お気になさらず。…ここでいいでしょうか。中へ、どうぞ」
案内されたのはちょっと広い部屋。こちらは普通にガラス窓があって、きちんと日光を取り込んでいる。こっちはきちんと掃除しているようだ。
「ここくらいは明るくしようと思いましてね」
広さは宿屋の食堂…よりも広い。テーブルと椅子が10組ほどもある。一つのテーブルに6人…いや詰めれば8人もつくことができるだろうか。しかしカウンター席はない。代わりに調理場と思われる立派な設備が隅に鎮座している。
「食堂なんですよ。今の時間は営業していませんけど。作業の終わりか始め、あるいはきりのいい頃合に好きな食事を選んでもらっているのです」
「冒険者を雇ってるって言ったろ？ あいつらは報酬とは別に一食もらえるってことになってるんだ」
一晩一食付でいくらか、という制度らしい。調理場には使い込んだ大なべや包丁などの調理器具が丁寧に手入れされてきちんと並んでいる。食材の類は見えないが、どこか別の場所にでも保管しているのだろう。ここは単純に調理をする場。夜になればこの食堂には美味い料理を求めてたくさんの人たちが集まるのだろう。でも今は誰もいないただの調理場と…食堂。
でも未来にはきちんと整理されているここが、なんとなく気に入ってしまった。これまで通って来た廊下があまりにも整理されてなかったせいかも知れない。
