「お茶を持ってきましょう。どこでも好きなところに座ってください」
キーツはそう言ってくれたのだけど、ちょっと調理場が気になる未来。
調理場に一番近い椅子に腰を下ろして、少し背伸びしながらのぞき込んでみる。
こっちもあっちも基本的にあるモノは変わらないようだ。もちろん電子レンジなどの電化製品はない。しかしフライパンのような浅い鍋（しかも片手用）や両手でないと持ち上がらないような底の深い鍋など、見たことのあるような器具がきちんと並んでいる。包丁などの刃物は仕舞ってあるのだろう。ここからは見えないが、マリカの宿屋でも普通に使っていたから（形も似たようなもの）どこかにあるのは間違いない。
…水道は…。
あるわけない。よく見ると調理場の隅には大きなカメが置いてある。そこへ水を溜めておくのだろうか。鍛冶場、という場所柄水は近くにあるのだろう。敷地内に井戸がいくつかあってもおかしくはない。
「気になりますか？」
いつの間にかキーツが戻ってきている。茶碗を二つと…ネコ用の浅い皿が一枚。
「いえ。その…」
「こいつはこういうのが結構好きなんだ。まあ、許してやってくんな」
しかし当猫は浅い皿にミルクが注がれていく光景に夢中。
「ははは。許すも何も。中へ入ってじっくりとご覧になってもいいのですが…」
「っと。そうだな。あれが先だな」
ちろり、と皿を一舐めするだけ。
「ええ」
「あの…」
…何の、話なんだろ…？
「ミライ君はモンスターには遭ったことがある、そうですな？」
未来の腰にはシノノメが吊ってある。ハリエルは町中では大剣を担いだり担がなかったりするが、未来はこっちで目覚めるとすぐに腰に吊ってしまう。すでにクセのようなものになっている。当人にとっては重くも何ともないので邪魔にもならない。
「はい」
「それとは別にな、魔物ってのが来るんだ、この町にゃ」
…まもの？
魔物ってモンスターの和訳なんじゃ、とか思ったがそういう意味ではないことは二人？の表情を見ていれば分かる。
「モンスターはほとんどが森の中にいます。ナンタイコウの町には、まあ、全然ないわけではありませんが…まず入ってきません」
「魔物は逆でな。森の中で見かけたって奴はまずいねえな。でも町の中にゃほとんど毎日現れるんだ、これが」
「一頭だけのことがほとんどですが、時々複数来ますねえ…」
「ああ。特になんだっけね、なんかの行事とかあった後は多くなるねえ…なんでだか」
「えと、そのまものって、一体どんなものなんですか？」
気がついて茶碗を両手で抱えるように持って、一口。熱すぎず冷めてもいない。
「モンスターとは大分違うねえ」
「そうですねえ、私もはっきりと見たわけではないのですが」
席を立って、大きく背伸びするように右手を高く上げてみる。キーツはかなり背の高い方だから未来などからすれば正に見上げるような格好。
「これくらいかな？」
「そうだねえ、そんなもんかな。いや、もちっと高いかも知んねえな」
今まで戦ってたモンスターとは明らかに違う。だって、どこか可愛らしい小動物みたいのばっかりだったし。
「でも、あの、わたし…」
…そんな大きなの町中では見たことない、ような？
「見たことないのは当たり前だあね。あいつらは夜に来るのさ。夜だけ、にな」
待ちかねたようにミルクを一舐め、二舐め。
「お前さんがもう寝てる時分にな」
夜だと未来はまず「こっち」にいない。「あっち」に戻っているから。何かの拍子に起きて…ということもない。
「ナンタイコウの家々のドアはもう見ましたよね？」
キーツも茶碗を包むように持って、一口。
「はい…？？」
「どれもこれも大きくて頑丈でしょう？ 中には傷のあるものもあったりしませんでしたか？」
そう言えば…。
「あれは魔物が爪や牙を振るった跡なのですよ。ナンタイコウではドアは消耗品扱いになっているのです」
