「その分鍛冶場は儲かるって寸法だ」
「イヤなことを言わないでおくれ。ドアの修繕は格安でやってるんだから」
そう言えば…たしかに。
マリカの宿屋もそうだったし、大通りのほとんどの家や店もそう。ドアは皆頑丈そうで重そう。たしかに中には傷のあるものも多い。
…あれを…全部まものが…？
そうだとしたらとんでもないことになってるんじゃ…？
「でもあいつらはドアを破ったとしてもそれ以上は何もしねえ。家の中に入ってくることもねえんだ」
「それに大きな音を立てているとまず近づきません。だからうち、なのですよ」
「…何がですか？」
「ガトですよ。この黒い猫は夜中見回りをしているのです。その時に休憩がてら鍛冶場に来る。ここなら魔物も来ませんから」
「どうして…ここには来ないんですか？」
ここも大きくて頑丈なドアになっていた。…しかしたしかに傷などはなかった…ような？
「それも魔物の特徴の一つでな。大きな物音を立ててる限り近づきゃしねえんだ。数が多い時ゃ遠巻きに見てることもあるが、まあ、ほとんどはそのまま通り過ぎて行っちまう。なんでだろうねえ…」
ぺろり、と一舐め。
「ここは夜中でも運営していますから。それに町中からは結構離れています。だからなんじゃないですかね。魔物はほとんど来ないんですよ」
ふう、と肩から息を抜く。知らないうちに全身に力が入っていたらしい。…茶を口にふくむ。ほのかに…甘い。
「あの、被害とか、そういうのは…」
そんな明らかなバケモノがうろついているのだ。建物への被害とか…場合によっては命にかかわるような…。
「うーん、そうさね、どうだったかね？」
「被害、と呼べるようなものは…そう言えばありませんね。あ、たしか小間物屋のアリサさんが…」
「ああ、あの小うるせえクソババアな」
「ガト…さすがにそこまでは…」
「…ちぇ、分かったよ。アリサ婆さんな」
その辺はどうでもいいのだが…。
「たまたまな、たまたま。あの婆さんが忘れ物を取りに夜中表へ出た、と思いねえ」
「近所に仲のいい茶飲み友達がいましてね。そこへ手ぬぐい…でしたっけ」
「鏡じゃなかったかねえ？ もう必要ねえだろうに」
「…いや、お孫さんからもらったお菓子…」
「んにゃ。紅だよ、くちべに」
「そんなわけないでしょう。…食べ物…アメだったかな…」
「あの」
その辺はもうどうでもいいんですが…。
「…まあとにかく表へ出ちまったわけだ」
「そこで魔物に遭ったらしいのです。ちょうど、その友達の方の家のドアを殴りつけているところだったとか」
…うわあ…。
夜中に見上げるような魔物に出会ってしまったのだ。暗闇に浮かび上がる怖そうな顔…いや、馬とか羊とかそんな顔かも知れない。大きな角とかあったりするのかも知れない。森の中で会うモンスターとは違う印象のようなのだ。そんなのに遭ってしまったら…。
「婆さん、腰抜かしちまってな。そこから動けねえ」
「しかし…魔物はそんなアリサさんを見ても襲おうとはしなかった、というのです」
格好の獲物のはずなんでしょうにねえ、とキーツ。
その後魔物は何事もなかったかのように町の暗がりに消えていった、という。
「いつから、なんですか？」
それを聞くと顔を見合わせてしまう一人と一匹。
「いつ、ってなあ分からねえなあ…いつ頃かねえ…」
「そうですねえ…気がついたらってところでしょうか」
