さかいほういつ、と読むらしい。
かしこが教室を去る直前のマミヤ先生をつかまえて聞いてくれたのだ。
『…どんな人だったか、とか教えるわけにはいかない。自分で調べてくれ…』
と釘を刺されてしまったが。
「うーーん…」
未来の机の前の空いてる椅子に、真記。そしてかしこは机の横に立っている。休み時間だからか、それともあんなくじを引いた後だからか、皆ざわついている。40人近くの江戸時代の人間の名前が書いてある。知った名前もあれば知らない名前も色々ありそう。
「なんだかんだばらつきがあんのね…」
「そりゃあ…江戸時代っていっても300年近くあったからね。いろんな人がいるよ？」
日本史の教科書をぱらぱらめくってみたのだが、もちろんそんな名前はなかった。
「ネットで調べてみる？」
真記がつまらなさそうな顔をしながらスマホをいじり始める（なぜか彼女はスマホ使う時にこんな顔になる）。
「あ。へー…いくつか出てるよ。うわ、なんだこれ、結構あんじゃん…有名人っぽいよ？ みき？」
「…り、りんぱ…」
「江戸琳派ってあるね。さびしいのかな？」
「…じがちがうよ、まき」
「あっそっか。…絵を描いてたんだね。派手な絵だなあ、背景が金色ってさ」
…あれ？ なんか…。
「きんいろだけじゃないんだね。へー…花の絵とか…とりもあるね。鷹かな？」
…どっかで聞いたような気がするんだけど…りんぱ？
…ふと、思い出した。
「…見たことある、かも…こういう絵」
「なに？ どこで？ 誰と？」
「だれととかいらない」
「えっとね…うちの父さんがこういうの好きなんだ…」
…そう言えばそうだ。父さんの部屋によくこんなのが貼ってあったっけ…。
もちろん本物ではない。印刷されたものを壁に無造作にピンで刺してあった、ような記憶がある。最近はそうでもなくなってしまったが、つい何年か前にはよく部屋に行っていたものだったのだ。その時に見た、と思う。
「じゃあ、お父さんに聞いたらいいじゃん。全く何も知らないところから調べ倒すのって、めんどいよ？」
「…うん」
たしかにそれが一番いい、のだろうけど…なんとなく…。
そんな未来の様子を見ていたかしこが、ちょっと笑みを浮かべる。
「ねえ。みらいのお父さんってれきしにくわしいよね？」
「うん、まあ…」
他にもたくさんの本があった気がする。歴史関係も多かった…はず。
「じゃあさ、こうしよう。かしことまきの中川淳庵と林子平のこともさ、いろいろ教えてもらおうよ？ その酒井抱一と一緒にさ」
「あ。それいいなー…ついでにお泊りとかしちゃ、ダメ？」
この二人は前に何度か未来の家にも来ている。さすがにお泊りまではしたことはないが。
「え、そ、そうだね…」
…どうしようかな。なんだか楽しそうなんだけど、どうしようかな。
「とりあえずさ、お父さんに聞いてみない？ そういうことできるかどうか。ね？ ちょっとでいいから聞いてみてよ？」
「うん。…そうしてみる」
まだどうしようかな、とか思っている未来。どう言うかな…父さん、とかそういう思いもあるのだが…。
ちなみに。
真記はその後「自己あんけーと」とか勝手に称して何人かのくじを見せてもらっていた（なかば強引に）。が、ある席まで来て絶叫することになる。
「なあにい〜？ 徳川家康だとお〜！」
くじの持ち主は…七咲啓児。彼にとっては実はそれなりに難問になるのだが、教科書ちょろっと見ただけでレポートできるじゃん、なんじゃそりゃ、格差だ詐欺だ、と真記はしばらくぶつぶつ言っていたのだった。
