ぴた、と足が止まる。もちろん未来の足も止まる。
「真記とかしこ…知ってるでしょ？ 朝ヶ岡さんと東海林さん。二人がね、その、うちの父さんに色々聞きたいって、レポートのことで」
無言で小さくうなずく啓児。
「もちろん、その…もちろんわたしも。で、そのこと父さんに話したら…七咲君もどうかな、って。あの時のお礼もきちんとしていないからって…」
「お礼なんて」
ややうつむいて歩き始める。
「別にいいんだ」
少し、足早。未来もそれにつられて足を少し速める。
「そんなことないよ、うん。七咲君には感謝してる。父さんだってそう思ってる。だから…」
「それは、その、そうだろうけど」
足のペースが上がる。…未来の足ではきついかな、という頃合にバス停についてしまう。
でもバスはまだ来ていない。
駅前のバス停には小さなベンチもあって「待合所」となっている。だけどここは朝に大量の生徒が降りてくるだけで、あまり「待つ」ことがない。だからバス停を示す標識がぽつん、と立っているだけ。
「…七咲君…」
「いいんだ。そういうのは…いいんだ」
「でも」
「いいんだ。気にしないでいいんだ」
ずっと下を向いたまま。『いいんだ』を繰り返すだけ。どんな顔をしているか、それもよく分からない。
…どうしよ。
その晩。羽佐人には真記とかしこが来ることを伝えた。いつがいいか、その辺良かったらそっちで決めてもらえないか…ということも。
啓児のことは話さなかった。話しにくい、というのもあったけど。羽佐人も何も聞かなかったから。
それから二日ほどで羽佐人は今週末はどうだろう、と未来に伝えてきた。もちろん未来に異存はないし、あの二人だって問題なさそうなのだけれど…。
…どうしよ。
あれから啓児とは一緒に帰っていない。避けられてる？ 先に帰ってしまうのか、それとも未来を先に帰しているのか。どっちにしろその姿を見ていない。そう言えばクラスの中でも視線が合わなくなってるような…。
「ちぃっす、ちょっと、いいスか？ 福田さん？」
視聴覚室からの帰り。真記とかしこ他数人は先生に捕まっていて（資料や資材の運搬に狩り出されたのだ）まぬがれた連中だけが教室に帰ってきている。未来も自分の席で次の授業の準備をしていたのだが…。
「…三輪君？」
話をしたことはないけれど、同じクラスだから顔くらいは知っている。
未来やかしこと同じくらい小柄な体。でも背筋をピンと伸ばして手を後ろに組んでいる。視線は少し上を向いて。…応援団？ およそコンピュータ研の人間には似合いそうもない姿勢。いつもこんな感じなのだけれど。
「うっス。三輪っス。自分、ちょっと、話したいことがあるっス。いいスか？」
「え、うん、まあ、えっと…うん」
ちら、と見ると啓児もいない。お手伝い要員に入っているのだろう。
「話というのは七咲のことっス」
ちょっとどきっとしてしまう。見透かされたような、気づかれてたような…。
三輪団員の話によると、最近何か悩んでいるらしい。
…あっちのことかな。
そう思ったがまさか口にするわけにもいかないので適当にあいづちを打ったりする。
「…う、うん」
「よくは分からないっスが、その、どうも福田さんに関係していることのようなんっス」
「わたし…？」
「うっス。ちら、と福田さんの名前が出たっス。それで、差し支えなければ話を聞かせて欲しいっス。自分、あいつのダチっスから」
言い切っちゃうもんである。
