「それで、何があったのか、福田さんなら知ってるって思ったっス」
直立不動の三輪団員。
「えっとね、多分それは…」
少し迷ったのだけれど。未来は「お呼ばれ」のことを話してみることにした。
話しているうちに三輪団員の表情が少しずつ変わっていっている…そんな気がしていた。緩んでいる？ 笑いをこらえている？ くすぐったそう？ ぎゅっと口を一文字に結んでいたそれまでとは、どこか違ってきているその顔。
「でも何度誘っても『いいんだ、いいんだ』だけで…」
ふ、と上を向く。
…どしたんだろ…？
「み、三輪くん…？」
「分かったっス！ あのやろ、ムチャしやがって…七咲は、七咲は…まだ視聴覚室っスか！」
ぐい、と顔を制服の袖で拭う。…泣いていたらしい…。
「また後でっス！ アネさん！」
言うなり猛ダッシュで教室を出て行く。涙を拭きながら。
…いやあの、アネさんって…何？
ちなみに三輪団員の行動はいつもこんなもん（場合によっちゃもっと激しい）なので、半分くらいいる生徒には動揺も何もない。いつもの光景なのだから。
…と、そんなに時間もかからず戻ってきた。教室の中からでも分かる。右腕でがっちり啓児の首をロックして引きずりながら今度は満面の笑み。
「何々、何があったー！ 三輪！」
「朝ヶ岡っスか！ なーに、ダチのためなら男・三輪真琴（みわまこと）何でもするっスよお！」
「いよっ！ オトコだねえ！ カンと書いてオトコだねえ！」
…何の掛け合いだか分からない。二人（啓児を加えると三人）は廊下を一気に走り抜け…教室のドアを勢い良く開ける。が、ドアは引き戸になっている。三輪団員と真記が左右同時に思い切り開けたものだから、ドアは重なって行き違ってまた閉まる。ちら、と顔を見合わせて…
『ふ』
と不敵？な笑みを交わす二人だが、これでは教室に入れない。もう一回。また繰り返し。やはり二人同時に開けようとする…。
「まって、まって、まき、ちょっと待って！」
ようやく追いついてきたかしこが真記を止める。それでやっと三人＋啓児は中に入ることができたのだった。ふう。
「ろうか走っちゃだめだからね。まったく」
「いやー、なんか熱くなっちまってさあ」
とか二人がぼそぼそ言い合ってる前には未来と…啓児。未来は自分の席についていて、啓児は前の席に座って背もたれの上に腕を置く格好。未来の机の横に三輪団員。まるでレフェリーと言うか審判と言うか。腕を組んで仁王立ち。
いくらなんでも今回は教室中の視線が集まっている。よそのクラスから見物に来ている生徒も何人かいて、しきりと指差しながら何か言っていたりする。そりゃそうだろう、あれだけ派手にどんばん教室のドアを開け閉めしていたのだ。何かあった、と考える方が普通だろう。そのうち先生が様子を見に来たりするかも知れない。
…やだなあ、なんか、恥ずかしいなあ…。
「七咲…てめえ…なんでアネさんの誘いを断ったっスか？」
いきなり、むんずと啓児の胸倉を掴んで…でも啓児は表情を変えない。
「…てか、アネさんて誰なんだって」
真記のこのつぶやきに周囲が納得して皆うなずいてしまうような状態。すると、三輪団員、軽く咳払いなんぞしてから啓児を放す。そしてンン、とかもう一回咳払いして…もう一度胸倉を掴みなおす。
「七咲…てめえ…なんで福田さんの誘いを断ったっスか？」
「言い直した」
「ああ、いいなおしたね」
「なんでみきがアネさんなん？」
「知らない。…わたしが聞きたい」
「そういうのは…いいんだ。うん、いいんだ」
「いいんだじゃねえっスよお…てめえはもっと関わらなきゃいけねえっスよ。だから、お誘いを受けるっス」
「だから、もう、そういうのはいいんだ」
「いいんだ、ばっか言ってんじゃねえー！」
三輪団員、右拳でやや上向きに啓児の顔を狙って、一撃…！ もちろん目には涙がたまっている…。
