しかしそれは通らない。啓児は何事もなかったかのようにやはり右手のひらでそれを受け止める。ぱん、とやや乾いた音。
…やっぱり。
未来にはなんとなく分かっていたのだけど。文字通り命のやり取りをしている啓児にとって、これくらい何ともないはずなのだから。
でも普通に生活している人にとっては…。
「や、三輪…さすがにそれはヤバいっしょ」
「みわくん、だめだよ…そんなこと」
一瞬ざわり、という声にならないような声が教室で渦を巻く。しかし未来は。
…あれ、なんでわたし「だいじょうぶ」とか思っちゃうんだろ…？
三輪団員の表情に明らかに相手を害する意図が見えない、とかそういうことまで彼女は考えているわけではない。もちろん感じてもない。でもなぜか「これくらいならだいじょうぶでしょ」とか思ってしまっている自分がいる。それは一つには啓児の表情に、ある感情がはっきりと見えているからかも知れない。
…七咲くん、なんだか嬉しそう…。
手のひらで受け止められた三輪団員は、ぼろぼろと熱い涙を流しながら、ぐ、と唇をかみ締める。
「七咲…！」
「…やるかい？ 僕なら別にいいけど」
かすかに腰を浮かす啓児。
…だめ、そこまでは、だめ。
未来は思わずその肩に手を置いてしまっていた。両手で押しとどめるように。
「あ、あのね、七咲くん。もう、いいから。わたし…無理言っちゃってたね」
「ごめんね。無理ばっかり言って。父さんにはわたしから言っておくから。七咲くん、用事があるから、って、ね？」
「福田さん…」
じっと未来の顔をのぞきこむ。
「いいの。うん、いいの。気にしないで。わたしが、ちょっと無理言っちゃったからだよね、だから…」
「なんで泣いてるの？」
言われて頬に手を当ててみる。…涙が流れ落ちている。なんで？ わたし、なんでこんなに…。
「転校生！ あんたうちのみきを泣かしたね！ オンナの涙ってのは、えっと、一粒で金100g…いや、1キロくらいあんだかんね！」
「…だれがうちのみき、なんだか」
かしこが軽く走ってきて、ため息つきながらハンカチを差し出してくる。
「みらい、ね？ これつかって？」
「…うん。ありがと」
そして啓児の方を見て、に、と笑みを浮かべて見せる。
「おいでよ。みんなでべんきょうした方が楽しいよ？」
手を差し伸べてくる…。
「そうだねえ、それも良さそうだねえ。よし、転校生、あたしが許すから今週末みきの家に来なさい！」
びし、と真記。言うこところころ変わるなあ。
「でも…」
「いいから行くっス七咲！ てめえはもっと関わらなきゃいけねえっスよお！ 色々とお！」
…関わる。
三輪団員は目の前で啓児の両肩を握り、がくがくと揺すっている。もちろん両目から大粒の涙を流しながら。それは未来の流していた涙の比ではない。
「てめえは、てめえは･･･」
「でも、いいんだ、そういうのは…」
「またそれっスか！ いいとかそういうのは…もう聞き飽きたっス！ 本当は、てめえ、何をしたいんっスかあ！」
…本当にしたいこと。わたしは…。
「やっぱり。…おいでよ、七咲君。…わたしが…」
…そう。父さんが、じゃない。
「わたしが、来て、欲しいから」
