人もまばらになってきている。もう皆が活動を始める時間。食堂に残る連中も少ない。朝食の騒々しさが少しずつ引いてきている。
マリカが無言で皿を片付け始める。奥からソケイも出てきて手伝っている。
ゆっくりと茶をすするハリエル。このお茶はある程度の量を頼んだ場合のみだけ二人でポット一つだけ朝食後に供されて…無料。香りの良いお茶で、緑茶かな…と未来は思っているが風味がどことなくウーロン茶にも似ているようなそんな気もする。
やはり無言でマリカが置いていった。二人でポット一つだからカウンターにはポットが二つ。
「こいつん家な、ほんとはいいとこで金持ちなんだぜ？」
「ばっ…ばか言うなよ、そんなんじゃねえって…！」
「…もういいだろ。昔じゃねえんだし。それでからかう奴なんてここらにゃいねーよ」
「そりゃ、そうだけどよ…」
ふらり、と椅子に戻って、すとん、と座ってしまう。ポットから、じゃー、と遠慮なくカップで注いでいく。
「ごめんなさい。なんか…悪いこと聞いちゃった…」
「いや。そんなんじゃねえんだ。ミライは悪くねえよ。うん。あたしがさ、ちょっと昔に色々あっただけ」
ぐい、とあおるように茶を飲んで、いや流し込んでしまう。
ぽつ、ぽつ、と話してくれたところによると。
コマカンサの「コマ」とは代々の当主が必ず自分の名前のアタマに付ける…尊称みたいなもの。つまり過去には豪族とか貴族とかそういった地位にあったらしい。だからコマカンサの本当の名前は「カンサ」ということになる。
「当主って言ってもねえ…あたしにゃよく分かんない」
代々女性が継いでいたらしい。二代前…祖母のキューイが「コマキューイ」となり、次の代の娘を期待された。しかし男の子しか生まれず…止むをえずキョリューと名付け、「コマキョリュー」となった。はるか過去にはそういった例もあったらしいがここ最近ではまず聞かない。そのため連なる家の者たちが分裂してしまう。
「そんな中であたしが生まれてね…いや、生まれちゃったって言うかね」
…生まれ…ちゃった？
「なんか、もう、タイミング悪いんだよね、あたし」
「今さら当主をどうするか、ってことでモメたんだよな？」
「ああ。もうバラバラになってたんだよ。親父が当主、ってことでな。そこへあたしが生まれちゃったから、さらにややこしくなっちまった」
もう一度、じゃー、と注ぐ。
「でもそれならあんたが当主ってことでみんなまとまるんじゃないの？」
「まあ…そう行きゃ良かったんだけどな。なんつーかさ、一回壊れるともう戻んない、ってなもんでさ…」
「あの『コマ』の娘のくせに、ってさ、まあ…色々あったわけ」
その表情は今までのものとは全然違う。明るくて無遠慮なところもある彼女に似合わないほどに、影が強い。
「今は…どうなってるの？」
「親父がまだ当主やってるけど、名前だけみたいなもんかな。だからあたしはナンタイコウの町の方まで出てきたんだ。…その方が稼げるからね」
本当は家にいたくない、のかも知れない。稼ぐ、というのは言い訳みたいなものなのかも知れない。
…でも。
「じゃあ…なんで今でも『コマ』カンサって名乗ってるの？」
ふと、未来は尋ねてしまう。
「ああ、そりゃあ…慣れみたいなもんだな？」
「そうだねえ…あたしは昔からコマカンサだからさ、今さらカンサだけ、ってのはなあ…ちょっと？ なんか…違うってか？」
「その方があたしたちも呼びやすいしね」
「まー、そういうこと？ あはは」
本当は元に戻りたいのかも知れない。『コマ』の名を今でも使っているのは…本当は地元に帰って当主となって、とかそういうことまで考えているのかも知れない。だけど、それは当人しか分からない。
「ま、そんなとこ？」
「うん。ごめんね、つらいこと思い出させちゃって」
「いいって、いいって。気にすんなって。…さて、あたしはそろそろ鍛冶場戻ろうかな。朝イチから作業あるし」
「じゃあ、あたしたちは…どっかの森に行こうか？」
「そうだなあ…そろそろ狐狸の森にでも行ってみるか？ ちょっちレベル高えけどな」
…そう言えば。
未来は昨日の夜に必死に覚えたメモの内容を思い出していた。ええと…。
…そもそも古満巨柳も古満休意も男じゃなかったっけ？ 時代がどうとかそんなのもあるかも知れないけど。
両方とも『古満』という家を守っていた、という見方もできるのだけど。なんだかコマカンサの『コマ』とは違うような気がするのだ。たしか…。
…親子とかそんなんじゃないんだよね。
二人は古満寛哉との血の繋がりはない、と羽佐人は言っていた。単に…似た名前なだけなんだろうか。
…それにしては…。
…なんか…揃いすぎてるような…気のせい？
