狐狸の森は町から二番目に遠い森。
ナンタイコウだけを見ると海の上に突き出した崖の上にある…のようにも見える。崖を降りていけば小さな港があるし、崖のそばまで近寄れば未来やガトの好きな草原が広がっている。が、海はほとんどの場合荒れていてめったに静かになることはない。
そのナンタイコウからはいくつかの道が伸びていて、冒険者の集う『町』とその『周辺部』も繋いでいる。コマカンサやハリエルが生まれ育ったのもそんな『周辺部』の一部。『町』ほど人は多くないし、のどかな場所も多いのだとか。
そして『森』はその『周辺部』に存在している。…隠者の森もその一つ。『町』からは最も近くて初心者向けの森の一つ。基本的に『町』から離れるほど『森』の難度は上がっていく、とされている。その中で二番目に遠い『森』が…狐狸の森。
そのため難易度が高い、とされている…。
「だいじょぶなのかな…」
宿屋で準備を始めた三人と、一匹。装備や持っていくものをチェックしておくのだ。
「そんなに深く入らなきゃ大丈夫だって」
森の中では奥へ進むほど強いモンスターが出てくるのが普通。入った直後で腕を慣らしておいて奥の強いのに備える。
「まー、俺らも奥の方まで行ったことねえけどな」
床にどっかりと座っているハリエル。いつも背中に背負っている大剣クレナイを、まるで鉄砲で狙うように左手をそっと刃に添え右手で柄を握り、片目で刀身のゆがみを調べている。そんなことしてもこの大剣は武器としてはほとんど使えないのだから、あんまり意味はないのだけれど。
「そうねー、でもある程度は潜らないとダメかー…」
こちらはベッドに腰かけているディクシィ。
どこかへ行く場合、ハリエルはその装備上荷物を背負えない（そのため服のあちこちの隠しに色々入れている）。だからディクシィが主に荷物を運んでいる。それほど大きくないリュックサック程度。泊まりで何かやる、ということはめったにないからこの程度でも十分。
中には応急処置用の薬品や出先でちょっと食べるものなど。
…緊急用の持ち出し袋？
と未来はまず思ったりしたものだった。食料は時々入れ替えている、という話だが…ディクシィはいつも弁当を作って持っていくので、それほど頻繁に替えているわけではないのかも知れない。
未来は椅子に腰かけてシノノメのチェック中。
とは言っても何をどうしたらいいか、なんてことは分からないのでその幅広の刀身を見ているだけ。ひっくり返してみたり柄をつまんでみたり。なお、ガトはその椅子の下に潜り込んで、お昼寝を始めてしまった。装備も何もないのでやることもないのだけれど。
…あ、そうだ。
「ねえ、わたしも荷物背負おうか？ ディクシィだけじゃあまり荷物入らないし」
「いいの？ ミライがそれでいいのなら助かるけど」
「最近は動きも良くなってきてるしな。少しくらいならいいんじゃねえの？」
ディクシィがどこかからか予備のリュックサックを探し出してきてくれる。二人はほとんど同じ身長だから同じくらいの大きさなら問題はない。
「じゃあ…薬と…食料も運んでもらおっかな。食料はほとんどが乾燥肉とかドライフルーツだし…大丈夫？」
荷物を入れてもらって担いでみる…。
「うん。そんなに重くない…」
担ぐ、という表現そのものが何かどこか違うような気すらしてしまう。考えてみればそれほど重いものがあるわけでもないのだ。リュックサックの重みくらいしか感じていないような、ちょっとは中身も感じているような？
「肩や腕はどうだ？ 動かしにくかったりしねえか？」
言われて肩をぐるぐる回してみる。…そんなに気にならない。動きも制限されてない、と思う。
「だいじょぶ」
「じゃあ…あたしはお弁当入れて行こうかな。こんだけ空いてると色々作れそうだし…みんなの分も作るからね」
「いや。その…今からだと間に合わねえ、だろ？ なあ、ミライ？」
「そ、そ、そだね。何か買ってから…行かない？」
これまでは自分の分と未来の分を少し、といったところだったのだ。あの独特の味をこれからは食べ続けないといけない、となると…。
「…ん？ 何だい、荷物袋増やすのかい。…じゃあ、おいらがどっかに入れるようにしてくれねえかねえ…ふわあ…歩かなくてよくなるってもんだ」
ぴん、と体を伸ばしてのびをして…椅子の下からのそのそと。
「ガトはいっつも自分で歩いてないじゃん。誰かの肩とか頭に乗ってるし」
「ありゃあ戦術的監督ってやつだね。こう見えておいらは頭脳担当なんだ」
前足で軽く顔を拭ってみせる。
「色々と分担が重要ってこった。…ふわあ、っと」
