「はい。これから狐狸の森へ行こうかな、と」
こういう受け答えにはなぜか慣れているディクシィ。
「狐狸の森へ。…ほう、なかなか良い所へ。しかし急がないと、時間が惜しいのではありませんか？」
「まあ、そうなんだ…いや、なんですけど。ちょっと買い物とかしておきてえ、ってか、そんなとこで」
こっちはちょっと慣れてないようだ。
「買出しの途中ってこった、隠者さんよ」
未来の肩の上へ腹から乗っかって、バランスを取りながら後ろ足を左右にぶらんぶらん振っている。…器用なものである。
「ほう…買出し」
「色々買っておいてそれで心置きなく狐狸の森へ行こうって算段だあね」
「ふむ。なるほど」
優雅にひげをしごいていたベルホだったが。
「いかがでしょう？ わたくしも同道させてはいただけませんかな？ 狐狸の森まで」
「ど、どーどー…」
「一緒に来たいってか。珍しいねえ、お前さんにしちゃ」
「はっは。たまにはそういうこともしてみたくなるのですよ…いかがですかな？」
実は四人（と一匹）が話しているのは大通りの端の方。真ん中はさすがに人の流れが激しいのだけれど、その流れがちょっとよどんでいる辺り。いくつもの商店が並ぶ中で空き地みたいに草だらけになっている一角の前だったりする。…そこまで目立つわけではないのだけれど。
何せそのうちの一人があのベルホ。言わずと知れた「隠者」で、ナンタイコウの有名人。
そのため少しずつ少しずつ人が集まり始め…今はちょっとした人だかりになってしまっている。
そんな中での「同道」発言。おお、とか、へえ、とか、そんな声が一つのどよめきになる。
「いかがですかな？」
「何と言うってか言いますってか、何がってか、その」
「いや、その、まあ…」
あたふたとしてる二人をちら、と見てディクシィ。軽く咳払いなんぞしてから。
「光栄です。よろしくお願いします。…ほら、二人も挨拶して？」
「あ、ええとよろしくっす…」
「こ、こ、こちらこそ…そのあの…」
勢いよく頭を下げたのでガトが地上に落ちる…いや音もなく降り立つ。
「何を緊張なんぞしてんのかねえ、ただの隠者だってのに」
…だからこんなんになっちゃってんじゃない…。
威厳、と言うほどカンタンなものではない。年齢から来る重厚さももちろんあるのだが、それを越えた「何か」がある。そういうところ未来は感じている。が…ハリエルは単純にこういう雰囲気のある人が苦手なのかも知れない。嫌いではなく苦手。どう接していいのかよく分からないのだろう。
新たにベルホを加えて四人…ガトは今度はディクシィの頭の上に乗っている…あ、今度はベルホの肩に跳び移った。
有名人である。ギャラリーめいたものまで出来上がっている。それが移動するだけでぞろぞろくっついてくるのである。ちょっとした団体さんである。
「…いかがでしょう、彼らにはちょっと離れてもらいましょうか…？」
先頭はハリエルだが、そのすぐ後ろを歩いていた未来に、当のベルホがこそっとささやきかける。ベルホはこの中でもハリエルと同じくらい、いや、もしかすると彼以上に背が高い。だからそっと背を折るようにかがみながら歩いている。
「え…」
「弟のところに参りましょう。あすこなら隠れる場所のたくさんありますでな…ハリエル君、ちょっと寄りたいところがあるのだが…」
「ふえっ…？」
と、妙な声を出して振り返るハリエル。ちら、と目配せをするベルホ。ハリエルの左隣を歩いていたディクシィはその意図に気づいたらしい。にや、と不適な笑みを浮かべる。
「こっち！」
とまだよく分かっていないらしいハリエルの肩口を、がしっと掴む。そして…この辺が彼女らしい…ぐい、と左を向かせて…。
「だあっしゅっ！」
そのまま引きずるように走り出す。『火走り』か何か使ってるのかも知れない。ベルホはやはり何が何だかよく分かっていない未来の手を掴んでそっちの方向へ。
…あ、リョンカさんのところかな…。
今さらながら二人が兄弟だったんだ、とかそういうことを思い出していた。
