…でも一人って話だし。じゃあ…どっちかってこと？
考えたって分かるもんでもない。そもそも…対象人物とやらからして何が何だか分からないのだから。
…でも。
案内人、というのは分かっているのだ。あの三人…いや二人と一匹だか一頭だか。それは今彼女の肩で体を伸ばしたまま上手にバランスとりながらころころ横に転がっては戻る、と器用なことをしている。そして…今、未来の目の前を容姿とは違って軽やかに進んでいる老人。狐狸の森、と呼ばれるわけは実は歩きにくい森の中の道を延々と歩かされて何かに化かされたように道に迷ってしまうから…と、出る前にリンチャが言っていた。実際、木の枝や大木のねじくれ曲がった太い根がたくさんあって非常に歩きにくい。そんな中でもベルホの歩みには惑いもためらいもない。まるでナンタイコウの町の中を歩いているようだ…というのはさすがに言い過ぎか。
案内人が分かっている、ということは同行者とか対象人物とかそういうのもそのうち分かってくる、と思っていていいのかどうなのだか。やはり分からない。
狐狸の森は奥の奥まで続く。…もちろんそこまで潜るつもりはないのだけど。
やはりモンスターは出ない。正確にはヘビナワ？と思われるような影がちらりと木の間に見えたのだけれど。普段はあんまり動かないヘビナワなのに、なぜかやたらとすばしこい動きでどこかへ行ってしまった。狐狸の森ならではのヘビナワなのかも知れない。
それっきりで…何も出てこない。
「なんもいねえのな」
ぼそり、とハリエル。
「前に来た時は結構いたのにな」
「そうだったっけ？」
「ちょい前だ。リンチャとニコと、来たろ？ ワンバが30匹くらいの大群で出てきてよ…」
あごに手をあてて、少し考えるディクシィ。
「なんかあったよね、そんなん。その前だっけ？ ヤッシと三人で何か探しに来たのって？」
「いや…そうだったか？ 俺、ヤッシと狐狸の森に来たことあったっけか？」
未来が来る前はハリエルとディクシィ二人だけだったから、他のパーティの連中と来ることもよくあった、とのこと。
「ま、狐狸の森はこんなものよね、とか前に誰かが言ってたけどさ」
「誰だよ？」
「ライカ」
…あの精霊使いのお姉さんかあ…。
「マジかい。でもライカはどっか抜けてるからな。あんまりアテにはなんねえな」
「そっかな？ あの時は…たしかマリカさんと三人で何か話してた時だったから…マリカさんもそう思ってるんじゃない？」
しかしその時には
『ホンマはなあ、あの森はなあ、出るって話や。危険なキツネやタヌキがな。会うてもうたら、そら、しまいやって話やで…』
実はマリカが妙な笑みを浮かべながらこんなことを話してくれていたのだった。もちろん、何が本当かはそれこそ分からない。しかもディクシィはすっぽりと忘れてしまっているようだし。
「たしかに狐狸の森は広いですからな。モンスターもあちこちに散らばってしまっている、とは聞いておりますが」
やはりベルホの足取りは軽い。ひょい、と木の根を跳び越えるその仕草は年齢よりもかなり若く見える。
「そうなんですか」
「ええ…でもここまで何とも会えない、というのも…」
「ヘン、ですねえ」
未来も何か妙な感覚を感じ始めていた。これでもそれなりの回数『森』に足を踏み入れている。でもこんな『森』は初めてだ…。
「こいつは、ちょいとヘンだねえ」
「はい。ヘンですねえ」
二人と一匹で首を傾げてみても出てこないものは出てこない。
仕方なく町で買って来ていた食料（ディクシィが自分で作る、と言い張るのをなんとかなだめて店で買ってきた）を食べて、それで帰ることになった。
ナンタイコウの町が見えてくる頃には、もう、日が落ちてしまった。こんな時間まで町の外にいたのは未来にとっては初めてのこと。これまでは夕方くらい、日の落ちる前には宿屋に入っていたものだった。夕方から手伝いがあることもあるし、何より町の外は真っ暗になるから出る意味もない。
城門を閉める直前になんとか滑り込むことに成功。これより遅れるとどうにかして門番を叩き起こすか…ぐるっと囲んでいる城壁にある裂け目を探して真っ暗な中を歩かないといけない。あちこちにある裂け目だけれど暗い中であれこれ探し回りたくはない。
ベルホも久方ぶりに町に泊まりますかな、と一緒について来ている。
「あー、遅くなっちまったな」
「あんたがどんどん奥へ進むから」
「うっせ。お前だってほいほい進んでたじゃねえか」
「ま、まあ、そりゃあ…って、アレ、何…？」
ディクシィの指す先には…真っ暗な塊。町の中は外と違って家の明かりがあるから真っ暗、というわけではない。その薄明りの中に、ぼわん、と真っ暗な塊が出現している。
