大きさは人の背丈よりやや高いほどだろうか。しかしその幅は道路いっぱいに広がっている。
ゆっくり、ゆっくりと前に…こちらに…進んできている…。
「な、なんだよ、あれ…」
他に人影のないナンタイコウの大通り。もちろん街灯のようなものもない。あるのは…家の窓から漏れる明かりと星明りに月明りだけ。穏やかな橙色と白く柔らかい光が風もない、暗い町を照らしている。
その中を沈み込むほどに真っ黒なカタマリが少しずつ少しずつ、前に進んでいる…。
「お、おい、隠者さんよ、ありゃあ…一体なんだい？」
「ううむ…わたくしにも…ううむ？」
魔法杖・シチダンカを真横一文字に構えるベルホ。しかし近づいていいものかどうか、分からないようだ。
ハリエルも大剣クロヒメを背中から抜く。ディクシィも両手にグローブを付けている。
未来は…。
やはりシノノメを構えよう、と思ったのだがなかなかうまく鞘から出てこない。これまでナンタイコウの中で武器を使ったことはない。今、目の前でぼんやりと動いている黒い塊。が、それ以外はもう見慣れている町の風景。夜だから少し印象が違うけれど、いつものこの風景で武器、というのは…。
…学校で、みんなの前で武器…？
そこまではいかない。でも感覚としては似ているような…。
突然、ガコン、という重い音が響く。何かの扉が開いたらしい。そして…何者かが姿を現した。それも一人ではない。
皆一様に丸い帽子をかぶっている。いや、あれは帽子というほど軽いものではなさそうだ。てらり、とかすかな光を反射する様子からすると、もっと固いものだろう。
「…何の集団でしょうか…」
服装も皆やはり同じようないでたち。よく見ると厚手の薄緑色の服のような、しかしあまりキレイではないようだ。あちこちに土かほこりかそういった汚れも見てとれる。
「人間？ でも…」
数人の男たち。精悍な顔つき。そしてその手には…。
「武器か！」
様々な金属製の棒や刃物めいたものが。
…いや、あの、あれって。
未来には見覚えがある。「あっち」ではよく見る人たちなのだ。特に三月くらいの年度末に。
…なんでこんなところに…こんな人たちが？
「おい！ お前らなんなんだ？」
が、そんなハリエルを気にする様子もない。無視しているのではなく、視界にすら入っていないようだ。やがて…先頭の男が後ろの男たちに何か一言、二言。
「なんだ？ 何をするつもりだ？」
一行のリーダーらしい男が言葉を発すると後ろの男たちもそれに一言二言返す。笑い声のようなものも起きているようだが…？
「何て言ってるの？」
「…聞いたことのない言葉ですな…ううむ…」
…えーと。
どうしよう、と未来は少し悩んでしまう。彼女には彼らが何を言っているか、実はよく分かっている。何せ…普通に日本語なのだ。
…そう言えば…どうしてわたし、こっちの言葉がすぐに分かったんだろう？
ハリエルたちが戸惑っている、ということは彼らは日本語を理解できていない、ということになる。でも未来はこっちに来てから言葉で苦労したことはない。話し言葉は特に。書き言葉はちょっと時間がかかったけど、今は何の問題もなく読み書きできるようになっている。
そういうのもあるのだけれど。今、この人たちが言っている内容を…みんなに伝えた方がいいのだろうか？
「おい、こいつら…あれだ、魔物だ！」
「そうみたい…」
男たちが目的を定めたらしい。とある家のドアの前に集まり始める。
「止めるか？」
「だめ。…精霊様が応えてくださらない…」
ディクシィの息が荒い。これまで精霊魔法をずっと使い続けていたらしい。未来は気づかなかったのだが…精霊魔法による攻撃を続けていたが、全く効果がないらしい…。
「チェンジもききませぬ。これは…？」
ベルホもシチダンカを使い続けていたようだ。
「…めんどくせえ、お前ら、何者だ！」
クロヒメをふりかぶって（武器としてはあまり威力のない大剣だけど）間合いを詰めて一気に振り下ろす…！
『では皆さん、作業内容を説明します。本日の作業は開閉装置のカバーの取り外しです。内容としては単純ですが装置の一部に経年による異物の付着がある可能性があります。留意してください』
『カントク、どうしても外れなかったらどうします？』
『そりゃあ…いつも通り思い切りやっちゃいましょう。何、多少無理したって壊れるようなもんではないですから』
